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週刊メールマガジン
『演劇タイムズ〜ニッポンの演劇はどう変わる?〜』より転載

VOL.92[2003/11/3]

〓〓ドラマのある世界へ!〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
     先生がプロデューサー?〜高校演劇科〜
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「高校演劇」と言えば今たいへん活気のある舞台で、高校生だけでなくプロの演劇人にも注目されるほどですが、その演劇部の活動とは別に、教育の分野で注目を浴びているものがあります。「演劇科」です。
 
兵庫県立宝塚北高校や東京の私立関東国際高校に設置されている演劇科のことは、既によく知られているところですが、さらに近年、各都道府県に公立の高校演劇科設置の動きが見られるのです。埼玉県立芸術総合高校、石川県立中島高校(能登演劇堂で知られる中島町にある)などのほか、県立神奈川総合高校のような「総合高校」に必修あるいは選択の科目として設けられていることです。
 
これらの学校の演劇は授業として行われるのですから、演劇部の活動とはまったく別のものです。卒業後の進路に演劇を選ぶ者もいればそうでない者もいることに違いはありませんが、3年間演劇に親しみ、表現や人間関係について学ぶことに意義があると考えられています。

では、埼玉県立総合芸術高校の場合を見てみましょう。今春第1期の卒業生を送り出した、まだ開設4年目の学校です。美術・音楽・映像芸術・舞台芸術の4科に各学年40人の生徒が学んでいます。全県から通学が認められるせいで、片道2時間以上もかけて通う生徒もいるようです。
 
前期・後期の2期制で授業は90分。舞台芸術科の実習は総合練習場と二つのレッスン室で行われます。総合練習場は元の剣道場を改装したもの。つまりこの高校は、実は前身は1974年開設の普通科の学校でした。施設・設備は、まるで芸術高校として新設されたかと見えるほど「ぜいたくな」造りです。
 
専科の教員は3名。指導に直接当たることは言うまでもありませんが、それとともに大きな役割が求められているのは、言わばマネージャーやプロデューサーの役割です。15名の専門家に年間を通して講師として授業を行ってもらっています。

1年次;演劇入門、劇表現、クラシックバレエ、モダンダンス
2年次;総合演習、劇表現、クラシックバレエ、モダンダンス、身体表現、
     音声表現、民族舞踊(スペイン舞踊・ジャワ舞踊)、舞台技術入門
3年次;総合演習、劇表現、クラシックバレエ、モダンダンス、身体表現、
     音声表現、民族舞踊(スペイン舞踊・ジャワ舞踊)、舞台技術入門、
     戯曲研究、狂言、日本舞踊、コミュニケーション研究
 
各学年の専門科目のこれらの授業には、俳優、演出家、劇作家、狂言師、舞踊家、照明家、デザイナーなどが招かれているのですが、このような外部講師のみなさんを手配するのも担当教員の仕事というわけです。

さて、高校演劇科はこれから全国的に広がっていくことが予想されますが、設置のための課題も少なくないと思われます。上に記したような施設・設備や講師の面などです。
 
演劇人養成の高校ではありませんが、施設・設備はそれなりに必要です。どれだけ用意されればいいかは一概には言えないと思いますが、学習意欲を触発し、実際に役立てられる場や器材は必要でしょう。
 
また、なにしろ、演劇専科の教員は現在の教員免許制度ではいないのですから、たまたま担当することになった教員はとにかく研修に励まなければなりません。教員の身分のままどこかの大学で専門的に学ぶことができればまだ良いほうかもしれません。

多くは日本演劇教育連盟の研究会や、日本芸能実演家団体協議会などの団体が主催するセミナーやワークショップなど、機会を見つけては自主的に学んでいるというのが実情のようです。

また、担当教員の仕事にマネージメントやプロデュースの一面があるとすれば、その面の具体的力量も求められます。やはり、いずれは教員養成がテーマになっていくでしょう。
 
このような課題に対して、東京に隣接する埼玉の場合はやはり恵まれていると言ってよいと思います。しかし、埼玉もそうですが、石川県立中島高校の場合のように、地元の文化・芸術ホールの果たす有形無形の役割が大きく影響すると思います。連携の可能性を探るといろいろなことができるのではないでしょうか。
 
表現とコミュニケーションの感性を育てる教育が求められる今日、高校演劇科のこれからに期待したいと思います。

(文・日本演劇教育連盟、市橋 久生)
VOL.84[2003/9/1]

〓〓ドラマのある世界へ!〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
    あなたの町の「文化芸術振興条例」
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最近、都道府県や区市町村などの地方自治体で、文化振興条例(名称はまちまちですが)をつくる動きが目につくようになってきました。

一昨年(2001年)暮れに制定された文化芸術振興基本法に続いて、その具体的な施策を示す閣議決定「文化芸術の振興に関する基本的な方針」が昨年12月に発表されましたが、その中に「地方公共団体は……文化芸術の振興に取り組むことが望まれる」と記されています。

そのひとつとして、条例制定の動きは今後加速されるものと思われます。

すでに制定している自治体は、制定年度の早い順に以下の4都道県と16区市町です。
★印の条文は「地域文化ネットワーク』第3号(1994年10月発行/日本演劇教育連盟編)に掲載されています。

1・1974年度 釧路市文化振興条例(北海道)…B
2・1982年度★秋田市文化振興条例(秋田県)…B
3・1983年度★東京都文化振興条例…なし
4・1983年度★津市文化振興条例(三重県)…B
5・1985年度★横須賀市文化振興条例(神奈川県)…なし
6・1986年度 江戸川区文化振興条例(東京都)…B
7・1988年度★熊本県文化振興基本条例…B
8・1993年度★北海道文化振興条例…B
9・1994年度★様似町文化振興条例(北海道)…A
10・1995年度 矢吹町文化・スポーツ振興条例(福島県)
11・1996年度 富山県民文化条例…AB
12・1997年度 士別市文化振興条例(北海道)…B
13・1997年度 出雲市文化のまちづくり条例(島根県)…AB
14・1997年度 太宰府市文化振興条例(福岡県)
15・2001年度 苫小牧市民文化芸術振興条例(北海道)…AB
16・2002年度 四日市市文化振興条例(三重県)…B
17・2002年度 目黒区芸術文化振興条例(東京都)
18・2002年度 春日井市文化振興基本条例(愛知県)…AB
19・2002年度 気仙沼市文化芸術振興条例(宮城県)…A
20・2003年度 牛久市文化振興条例(茨城県)…A

さて、ここで次のことに注意してみたいと思います。それぞれの条例では

A.子ども、あるいは青少年のことにふれているか?
B.財政措置が明示されているか?

という点です。上にABで印しましたが、比較的新しくつくられた条例にはABがともに記される傾向があるようです。

「子ども、あるいは青少年」も「市民」であることは言わずもがなのことですから、ことさらに言わなくてもという考えもあるでしょうが、条文のなかに明示されていると、行政の施策の中で具体的に取り組まれることが期待できます。

子どもの頃から演劇やさまざまな舞台芸術に親しむ環境を、これからの社会につくりたいと考えると、条例に「子ども」が明示されていることの意味は大きいと思います。

財政措置はどうでしょうか。
何につけても、法は制定されても下手をすればお飾りにされているだけで、実力を発揮されないものがままありがちです。したがって、せっかく振興条例がつくられても、そのために予算をつけることが明記されている否かは、分かれ道になるかもしれません。

各条例を見てみると、「財政措置を講じる」と書かれているものと、「助成」が示されているものがあります。その助成も「行う」「行うことができる」と言い回しの微妙な違いが目に留まります。

ところで、自分の住むまちではどうでしょうか。文化芸術団体や子どもに関わる運動を進めている人たちが積極的に働きかけることによって、条例制定もその中身の充実・実行も期待できるのでしょう。また、ほかの自治体の事例の情報交流も参考になると思います。

文化庁発行の『文化庁月報』がこの4月号から順次紹介しています。せっかく制定された「文化芸術振興条例」が、しっかりと実行力のあるものになるように、アンテナを張り巡らせて、現場からの働きかけを続けてゆきましょう。

(文・日本演劇教育連盟 市橋 久生)

VOL.76[2003/7/7]
〓〓ドラマのある世界へ!〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
    歴史を知れば、未来が見える!
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斎田喬、内山嘉吉、永井鱗太郎、栗原一登、宮津博、落合聰三郎、冨田博之。

こう並べられて、それぞれどんな人か、おわかりですか?「日本の児童青少年演劇・学校演劇の碑− 時代を創った7人の光と軌跡」と題して開かれるシンポジウムで語られる先人たちです。
 
7月26日(土)午後2〜5時、東京の国立オリンピック記念青少年総合センターで、(社)日本児童演劇協会主催によるシンポジウムが開かれます(※1)。これは「日本の児童青少年演劇生誕 100周年記念」と銘打って開催されるものです。

今年2003年は、川上音二郎一座が「お伽芝居」として初めて子どもに向けた劇を演じ、また巌谷小波が「学校子供芝居」、つまり学校における子どもの演劇活動を提唱したのが、共に1903(明治36)年ということからして、ちょうど100年というわけです。
 
斎田喬以下の7人は、今日に至るこの100年の間に、児童青少年演劇と演劇教育の基礎を築き、発展・普及に尽力された人たちであり、この機にその足跡を辿ってみようという企画です。
 
では、7人を簡単に紹介しましょう。


1)斎田喬(さいだ・たかし)1895〜1976年/香川県生まれ
 
学校劇作家。小原國芳に招かれて東京・成城小学校の美術教師となり、自由画教育を実践。1921年秋、第1回学校劇発表会を開き、全国から 200名が参観、成城学校劇の礎を築く。1948年、児童劇作家協会=現・(社)日本児童演劇協会=を設立した。


2)内山嘉吉(うちやま・かきつ)1900〜1984年/岡山県生まれ
 
学校劇作家。成城小学校の美術教師となり、斎田喬に共鳴して学校劇活動を進める。のちに、兄・内山完造をとおして魯迅と交流し、木版画指導などで日中友好に尽くす。東京・神田で内山書店を経営。1957年から「日本児童劇作の会」会長を務める。


3)永井鱗太郎(ながい・りんたろう)1907〜1985年/福井県生まれ
 
児童劇作家。小学校教員の傍ら、1936年、東京で子どもたちを俳優とする劇団「子供町童話劇学校」を結成し、公演活動を行う。子どもの頃『赤い鳥』に触れる。長じて日本童話会劇部会長を務め、解散後は児童劇脚本研究会「こまの会」を主宰した。


4)落合聰三郎(おちあい・そうざぶろう)1910〜1995年/東京都生まれ
 
学校劇作家。東京の公立小学校に勤務しながら、1932年、学校劇研究会を結成して学校劇運動を進める。海外の児童青少年演劇への関心もいち早く、欧米の事情を日本に紹介し続けた。1967年、少年演劇センターを設立、機関誌『少年演劇』を発行した。


5)栗原一登(くりはら・かずと)1911〜1994年/福岡県生まれ
 
学校劇作家。日本児童演劇協会や国際児童青少年演劇協会日本センターの会長を務める傍ら、文部省教育課程審議会委員、国語教科書の編集や劇教材の執筆に携わるなど、演劇教育を公に位置づけようと尽力した。新制作座『泥かぶら』などの演出もした。


6)宮津博(みやつ・ひろし)1911〜1998年/神戸市生まれ
 
劇作家・演出家。「大人と子どもの共存する舞台」という演劇ジャンルを開拓。1928年、東京童話劇協会(のち劇団東童)を設立し、『青い鳥』『ピーターパン』など世界名作童話や当時無名の宮沢賢治作品を劇化し、築地小劇場などで公演活動を行った。


7)冨田博之(とみた・ひろゆき)1922〜1994年/福島県生まれ
 
演劇教育・児童青少年演劇研究家。スタニスラフスキー・システムに学び、子どもの演劇活動にエチュード方式を提唱するなど、演劇教育の理論化を図る。『演劇教育』『日本演劇教育史』『日本児童演劇史』など、後学の基本になる著書を多数遺している。
 
 
なお、このシンポジウムに関連した講演「日本の児童青少年演劇の歴史から学ぶもの」が、7月25日(金)午後1〜3時に同じ会場であります。講師は岡田陽・玉川大学名誉教授です。
 
この夏のこうした催しは、児童青少年演劇の現況についてあらためて考える機会です。また、学校の週5日制や「総合的な学習の時間」、地域の人との結びつきや専門家の出入りなど、新しい動きがなんらかの影響を及ぼし始めている演劇教育についても考える機会になるでしょう。

さらに、文化芸術振興基本法の施行や自治体の文化振興条例づくりなど将来のありかたについて想いを馳せる刺激になるかもしれません。時間をつくってちょっとのぞいてみませんか。

(文・日本演劇教育連盟・市橋久生)

※1)子どもと舞台芸術ー出会いのフォーラム2003内企画
   「日本の児童青少年演劇生誕100年を記念」
      (社)日本児童演劇協会主催
      電話:03−5212−4771
      http://www.geidankyo.or.jp/kodomo-forum.html
VOL.72[2003/6/2]
〓〓ドラマのある世界へ!〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
    ごまかしのない議論や評論を!
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のっけから手前味噌の話で恐縮ですが、日本演劇教育連盟が編集している月刊誌『演劇と教育』が、この6月号で通算555号になりました。創刊は1954年5月号ですから、これでちょうど50年目に入ったということになります。

初めは『学校劇』という誌名でしたが、1960年1月号から、現在の『演劇と教育』に変っています。また、この間の一時、出版社からの発行ができなくなり、自主発行の止むなきに至った期間もありました。1978年4月号から晩成書房発行ということになったのです。このことだけでも、演劇教育の歴史の一面が透けて見えるようなものですが、今日の本題はそれではありません。
 
このメールマガジンのこのコーナーは、演劇文化を社会に広く醸成するために、子どもの生活のなかに演劇環境を創り出そうというねらいですが、そのためにも「批評や評論活動が必要ではないか」というお話をしたいのです。


●どこにあるの?児童・青少年演劇のジャーナル
 
今日の社会では、何事にも批評や評論があって当然だと思うのですが、児童・青少年演劇や演劇教育をめぐる批評や評論は、それほど活発に展開されているとは言い難いのが現状です。いや、この状態はこれまでずうっとと言ってもいいかもしれません。

そのためか、だからこそかはわかりませんが、この世界のジャーナルもなかなか見つかりません。いろいろな団体や組織が発行している雑誌や通信紙の類はもちろんあります。しかし大半は組織内にとどまっていて、講読を希望する場合はその団体や組織に入ることが求められます。広く市販され、社会に発信するようなものにはなっていません。
 
たとえば、
・ 『児童演劇』(月刊紙) 日本児童演劇協会
・ 『季刊げき』(季刊誌) 全国児童・青少年演劇協議会 
・ 『児演協』(不定期紙) 日本児童・青少年演劇劇団協同組合 
・ 『アシテジ』(季刊紙) 国際児童青少年演劇協会日本センター 
・ 『演劇創造』(季刊紙) 全国高等学校演劇協議会 

などがあります。このほか、地域限定版のものもあります。関西で公演された劇の批評を精力的に行っている『劇場通い』=今泉おさむ&神沢和明編集の隔月刊紙=は、児童・青少年演劇についても採り上げ、他の舞台と同等に批評しています。
 
また、一般の演劇雑誌『テアトロ』『悲劇喜劇』『演劇ぶっく』などにも、児童・青少年演劇や演劇教育に関わる記事は、ほとんど見当たらないと言っていいでしょう。
 
井上ひさし・清水邦夫・別役実+日本劇作家協会責任編集『季刊せりふの時代』(小学館)が、2001年夏号(VOL.20)において、《「現代演劇」と「夏休みこども劇場」》と題する特集をしていたのが目にとまりました。

佐藤信「面白さを見つけていく、こどもは最高の観客」や鈴木裕美「未来の演劇人を生むかもしれない責任」など、また、毬谷友子や尾藤イサオら俳優の「こどもの頃の演劇体験」が目を惹きました。
 
市販の雑誌ではありませんが、日本劇団協議会『join』(季刊誌)が最新号のbS0で 《「教育と演劇」のパートナーシップの可能性・1》と題する「アンケート報告」を掲載しています。

44劇団からの回答をまとめた資料的なもので、鑑賞教室としての公演のほか学芸会や文化祭に向けての指導、ワークショップなどを、2001年度にどれだけ行ったかのデータがならべられています。
 
演劇教育は教育活動です。では、教育雑誌や子育てに関する雑誌においてはどうか?と見てみても、やはりあまり採り上げられてはいません。

教育系では『演劇と教育』以外では見ることはほとんどありませんが、最近の動きに沿ってか、記事になることがときたまあるようです。潟泣bク『子どもと教育』(月刊誌)の最新6月号には、劇作家&演出家・古城十忍さんが中学校で行った「演劇ワークショップ」について寄稿しています。
 
子ども劇場おやこ劇場全国センター『るーぷる』(季刊誌)は、子ども一般に話題を広げた分、演劇そのものについての記事は減っています。クレヨンハウス『くーよん』(月刊誌)の定例記事「おすすめSTAGE」は、俳優・伊藤巴子さんが執筆しています。
 
概観すると以上のような現状です。


●ごまかしのない議論や評論を!

そもそも演劇教育が学校教育の中に位置づけられていません。また、劇団の公演について言えば、ややもすると都合よく「子ども」を持ち出し、劇が批評や評論の対象になることを避ける向きが感じられます。

「そう言うけど子どもはおもしろがっていた」とか、「子どもがわかりやすいように創った」とか……と。そのおもしろがりようやわかりやすさをこそ、演劇と教育の視点から論じたらよいと思うのですが。
 
演劇が教育のなかに正当に位置づけられるためには、教育関係者も演劇人も率直に議論することが不可欠でしょう。活発な論議、批評や評論を期待しています。ただし、感情むき出しの言い合いは決してしませんように!

(文・日本演劇教育連盟・市橋久生)
VOL.61[2003/3/3]
〓〓ドラマのある世界へ〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
    演劇で叫ぼう、平和への決意! 
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「演劇は、戦争に反対します」――― 

 2月28日、東京・新宿の紀伊國屋ホールでは700人の演劇人・演劇愛好者がロビーにまであふれ、会場に入れずあきらめて帰る人たちもあったほどの集会が開かれました。

 永井愛さんや渡辺えり子さんらが会を進め、斎藤憐、三田和代、巻上公一のみなさんなど、多くの舞台関係者が、朗読・歌・演奏・講演(井上ひさし)などによって「イラク攻撃と有事法制に反対する」意思を明確に表したのです。

 これは、ニューヨークの二人の女性から提案された3月3日の行動「平和のための世界規模の演劇活動」のよびかけに触発されたこともあったのでしょうか、「遅れをとった!」(永井愛)日本の演劇人が集会を「今日ようやく」開くにいたったというわけです。

 日本では今やまるで戦争中かと思えるほど、テレビやラジオのニュースが毎日朝から繰り返しイラクに関わることを報道していますが、見方を変えればイラクに対する「アメリカ政府問題」なのだと思います。

 そのアメリカの市民からは反戦行動のよびかけがなされ、1月18日の「ワールド・ピース・ナウ2003」には多くの国で行動が起きたようです。日本でも各地で集会やデモなどに大勢の市民が参加して、反戦の意思表示を行いました。続いて、2月15日には世界60ヵ国で1000万人が参加して、戦争をなんとしても避けようという強い意思を示したことが、ようやく大きく報道されました。

 演劇関係者も、日本では2月6日「東京新聞」夕刊に 479人が連名で、「戦争を『しない国』から『する国』になることを私たちは拒否します」という意見広告を発表しました。

 そしてアメリカから、3月3日の行動のよびかけ。それはこの日に世界各地でいっせいに、アリストファネスの『女の平和』を朗読上演しようというものです。

 この戯曲は古代ギリシャの諷刺喜劇として知られていますが、アテネとスパルタの覇権争いにうつつを抜かす男たちに、双方の女たちが連携して「セックス・ストライキ」を敢行し、戦争をやめさせようとするというストーリーです。

 この戯曲の朗読上演をとおして、「イラク攻撃は認められない」という国際世論をつくりだそうというもので、「in a city near you(あなたの住むまちで)」、というよびかけです。すでに33ヵ国の約400のグループが応えているようです。

 日本では、多くの劇団がその活動理念のなかに平和の追求をおいていると思います。かつてアジア太平洋戦争下に担わされた役回りへの痛切な思いもあるでしょうし、「憎しみも暴力も戦争も芝居で表現できます/現実にするのは悲しく愚かなことです」(俳優・平田満さんの2月28日へのコメント)という根本的な考えもあるのでしょう。そして、実際の公演にそのような主旨の舞台がしばしば見られます。

 なかには、毎年夏の恒例のレパートリーとされている舞台もあります(劇団民藝のドラマティック・リーディング『千鳥ヶ淵へ行きましたか』=石川逸子詩・渾大防一枝演出、広島の女上演委員会の創作劇=村井志摩子作・演出など)。

 演劇制作体「地人会」による朗読劇『この子たちの夏』(木村光一構成・演出)は、1985年の初演以来全国各地で迎えられ(全都道府県で合計622回公演)、また各地の市民グループによる上演は1990年に始まり、既に2147回(2002年5月現在)を数え、引きも切らず続いていることはよく知られています。さらに、最近ではフランス、オランダ、アメリカなど、海外でも翻訳されて上演されているようです。

 そういう演劇人の行動ではないのですが、たいへんユニークなのは「基地を劇で取り囲もう!」という、沖縄県の小学校教員・宮城淳さんが1996年からよびかけ、実践している活動です。

 毎年6月23日の「慰霊の日」にあわせ、沖縄戦の惨禍を想起し、平和への決意を演劇によって示すよう、あちこちの学校で劇を上演しようというのです。宮城さんはこれまで20年もの間、子どもたちと平和を願って演劇活動を続けています。時には教職員を巻き込み、あるいは父母や地域住民とともに。

 なぜ劇か―――?

 ある年、「学芸会のために沖縄戦の劇を作りました。友達の死ぬ場面で、照れてうまく演じきれなかった子供たちが、学芸会の本番で、自分たちの劇を見て泣いているおじいさんやおばあさんを見て、変わりました。わたしは、そういう形の伝承があるのだと思いました。」

 そして、「世の中が戦争戦争と騒ぎ立て、彼の心が戦争の方に流されそうになったとき、ちょっと引っかかって、おや待てよ、と思ってくれればいいと思うのです。玉結びが、ぐっと引っかかって糸がするすると抜けてしまうのを防ぐように。」と演劇による平和教育玉結び論を展開しています。

 宮城さんはこの間、勤務する学校で自作の脚本を上演していますが、このよびかけに応えて。県内のいくつかの学校で上演されています。(最初の1996年には8校が上演、『演劇と教育』1997年1月号に紹介されています。)

 また、これも市民による小さな動きですが、毎年12月にさいたま市(大宮)で開かれている「『戦後』を無限に〜朗読のつどい〜」という催しがあります。

 1995年、「日本の戦後50年」が記念譜として過ぎ去ってしまいそうな雰囲気に違和感を抱き、世界中に「戦後」をつくり広げていこうという志から始められたものです。戦争体験のある高齢者から小学生まで、また在日コリアンやアラブ人の方も参加して、戦争や平和をテーマにした小説や随筆、自作の詩などを朗読しています。

 戦地に赴く若者、送り出す家族の声が365日聞こえた時代がかつてあった!ならば今、反戦の意思を示し平和を求める声を町や村から絶え間なくあげていこう、というのです。

 今度の3月3日のよびかけを機に、自分がやりたいと思うこと自分たちでやってみたいと思っていることを、いつでも自分の住む町や村でやってみてはいかがでしょう?

 “夏が来れば思い出す、年中行事”にせずに――。

 (文・日本演劇教育連盟 市橋久生)

●参考ホームページ
  平和のための世界規模の演劇活動
             >>>http://www.pecosdesign.com/lys/index.html
  劇で伝える沖縄戦>>>http://www.ryukyu.ne.jp/~jun/
VOL.45[2002/11/4]
〓〓新連載・ドラマのある世界へ〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓

   子どもの劇を見ませんか

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 小学生や中学生など子どもたちが演じる劇がおもしろい。
 子どもたちが演じる劇としては、学校のクラブや部活動で年間を通して活動しているもの、学芸会などの、学級や学年を単位に取り組まれるもの、演劇に関係する地元のだれかを指導者として活動しているもの、等々があります。では、それらを一般の人たちが見るにはどんな機会があるのでしょうか? 

 わが子の通う学校の学芸会や学習発表会、あるいは文化祭などで上演されるときに見ることがあります。また、町のホールや公民館などを会場にして上演される、子どもの劇団やサークルの劇を見ることができます。

 子どもたちは、親や家族を含めてもっと大勢の人たちに晴舞台を見てもらいたいと願っているのです。しかし、上演の機会は、運動部の大会や競技会のようには多くはありません。それだけにその願いに応えてくれる人が増えてほしいと思います。

 学校内での上演は親や家族でないと難しいかもしれませんが、地域の文化ホールや公民館などを舞台に演じられる劇はだれでも見られますし、多くの市民に見てもらえるととてもうれしいのです。

 そのような演劇は次のようなところで行われています。

●市区町村単位で開かれる催し

 合同発表会・連合発表会としてその自治体内の学校が参加します。全国の自治体の数からすれば残念ながら多いとは言えませんが、札幌市・横浜市・京都市・広島市など中学校の発表会は各地にありますし、長野県伊奈地区のように一帯の郡市の学校が集まって開く催しもあります。

 なお、都道府県単位で発表会を行っているところもありますが、栃木県の小学校・中学校、東京都の小学校・中学校・盲ろう養護学校、神奈川県の小学校・中学校、愛知県の中学校、大阪府の中学校などのほか、数は少ないようです。

●地域で活動している子どもの劇団や演劇サークルの上演

 北海道帯広市・青森県黒石市・山形市などのように行政が設定して展開している劇団や、地元の演劇関係者が主宰あるいは指導している劇団、等々があります。

 最近増えてきているのは各地の「子ども劇場おやこ劇場」が力を入れている子ども自身の表現としての劇上演です。また、学校週5日制に伴って演劇活動が始まったという例も聞こえてきていますが、これからさらに増えていくものと思われます。
   
●学校の演劇部の自主上演

 高校演劇部ではよく見られることですが、中学校演劇部にも、校外に会場を借りて上演する例があります。とくに上記の合同発表会のような機会がない地域では積極的に取り組む学校もあります。また、市民文化祭のような催しに参加して見てもらおうという学校もあるようです。

 この秋も各地で子どもたちの熱演が見られます。子どもの時の体験は、演劇が生活のなかに根づき、社会のなかにあたりまえの光景として広がっていくための要素になるのではないかと思います。

 また、子どもたちの演劇は、ふと日常の忙しさで忘れていた“情熱”や“若さ”、“感動”を思い出させてくれるものです。「子どもがやっているから…」といって観るのではなく、ぜひ、心の糧となるように観て欲しいと思います。彼らの発するエネルギーの中から、新しい感動をきっと発見できると思います。

(文・日本演劇教育連盟・市橋久生)

VOL.49[2002/12/2]
〓〓ドラマのある世界へ〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
     どうなるの?教育から見た文化芸術の行方 
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 文化審議会(高階秀爾会長)は、文部科学大臣からの諮問に答える「文化芸術の振興に関する基本的な方針について(答申)」(案)を11月7日に発表し、21日までそれに関する「パブリックコメント」を募集しました。

 昨年12月には「文化芸術振興基本法」が公布・施行されました。この法律が、社会や毎日の生活に具体的に“どう活かされるのか”を注目していく必要があります。今回の答申は、この法律に基づいて、「今後おおむね5年間で、施策を総合的にすすめて行くために定める」とあります。

 答申案は文化審議会からの答申を経て12月中に閣議決定されるということです。

 さて、答申案は、下記の3つから成り立っています。

  ・まえがき
  ・第1、文化芸術の振興の基本的方向
  ・第2、文化芸術の振興に関する基本的施策

 「方向」は、文化芸術の振興の必要性や、その為の国・地方公共団体・民間の役割、芸術家の地位向上の条件整備などについて。「施策」は、施設の充実や、基盤の整備などについて記されています。

 その中で、「子どもと舞台芸術」に関することも示されてはいます。これを、演劇教育推進の視点から見た場合、どのようなことが読み取れるでしょうか。「文化芸術に関する教育」、「青少年の文化芸術活動の充実」、「学校教育における文化芸術活動の充実」と題された項目をピックアップして考えてみましょう。

●文化芸術に関する教育

 ・学校教育の中で、子どもたちが優れた文化芸術に直接触れて、親しみ、創造する機会をもつことができるように、創造的な体験の機会を充実させる。
 ・教員一人一人が“豊かな感性”と“幅広い教養”を持ち、自己啓発に努めながら、学校教育全体を文化的なものにしてゆく。

●青少年の文化芸術活動の充実

 ・青少年を対象とした文化芸術の公演、展示等への支援を行う。
 ・社会教育関係団体などによる、青少年の自主的な文化芸術活動の場や機会の充実を図る。
 ・青少年に対する指導や助言を行う“指導者の養成及び確保”を促進する。

●学校教育における文化芸術活動の充実

 ・「総合的な学習の時間」などを活用して、体験学習などの文化芸術に関する教育の充実を図る。
 ・優れた文化芸術の鑑賞の機会を充実させる。
 ・授業や部活動において、優れた地域の芸術家や、文化芸術活動の指導者などが教員と協力して、子どもたちに文化芸術の指導をする取り組みを促進する。

 現在、日本芸能実演家団体協議会(芸団協)は、実演家が学校に入って子どもたちに体験させ、指導することを、実演家の役割・仕事にしようと積極的です。

 演劇であれ何であれ、子どもが専門家に出会うのはたいへん魅力的で有意義なことです。しかし、子どもを指導するというのは、そう容易ではないということも事実です。教員も、学校に専門家を招くだけの役割ではないはずです。自らが表現者であるべきなのです。

 日本演劇教育連盟などは、専門家の協力を得て、その為の研究活動をすでに半世紀を超えて自主的に続けています。実はこの活動を通して、「教え方、指導の仕方」もあわせて、知らず知らずのうちに学んでいるのです。専門家と教員が「協力」するというのは、こういうことではないでしょうか。

 また、教員が「自己啓発に努め」とありますが、機会を保障されるべきです。

 一般には知られていないことですが、そういう機会を選択する自由が必ずしもあるわけではないのです。他でもない、文化芸術に関する「自己啓発」のための機会ですから、自由が保障されるべきですが…。この点においては、答申を受ける文部科学大臣と教育行政に、自由な精神や姿勢を強く求めなければなりません。

 この他、答申案では「国語の重視」を掲げ、教員の意識と国語力の向上を求めて、養成や研修の重要性にふれています。これは、演劇はもとより、「聞く・話す」といった言葉や声のコミュニケーション・表現について、大学など養成課程でもほとんど学ぶことなく、子どもたちの前に立ってしまう教員の現状を想うとき、注目したいことがらです。

 いずれにせよ、政治や行政に要求すべきは要求しながら、現在ある制度や法令は積極的に活用し、少しでも具体的に活かす方法を探していきたいものです。

 皆さんも、是非、今後の基本法の行方に注目してください。権利の上に眠っていたのでは、画に描いた餅になってしまいますからね。

(文・日本演劇教育連盟・市橋久生)

VOL.53[2003/1/6]
〓〓ドラマのある世界へ〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
     子どもの土曜日 
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 長野県上田市のNPO法人上田演劇塾に、2002年4月、「子ども演劇クラブ」が新しく生まれました。その子どもたち12人が、風になり、龍になり、はたまたねずみになったりして生き生きと舞台を駈け回ったのは、去る12月7日に上演された『風の吹く村』(岩下郁子+上田演劇塾作、鈴木龍男演出、上田市文化センター)の舞台でした。

 上田演劇塾は、街に演劇文化を育てようと、市民の有志が伊藤巴子さん(俳優)ら専門家の協力を得て1998年に設立されたものです。『歌うシンデレラ』(別役実作、藤原新平演出)で旗揚げして、今回は5周年記念の創作劇公演でした。

 子ども演劇クラブは、小学3年生から中学3年生までを対象に募集。毎週土曜日の午後、市内の廃校になった体育館で活動しています。指導しているのは、演劇や表現活動のインストラクター・小川新次さん(東京在住)。

 小川さんは、「ここへ来れば何か表現できる。何かやれば受け止めてくれる人たちがいる。演劇とか演技を教えこんではいない。小器用に芝居をやられるよりも、こちらがびっくりするような、彼らのもっている“輝き”をちょっとでも出してほしい。そのための空間を創るのが“子ども演劇クラブ”の役目」だと言います。

 普段はどんなことをどんなふうにやっているのか、ある日のぞかせてもらいました。なるほどよく遊んでいます。
 布を使って風になります。一人ひとり思いおもいの出方や動きで、布は両手で使ったり片手で振ったりしながら。12人が1列を組んで龍の大きさや動きを想像して楽しんでいるように見えます。いたずらをするねずみは2人で手をつないで思いっきり歌っています……。

 さて、学校週5日制にともなって、演劇・人形劇や舞踊など身体表現の活動をとりいれた「土曜日」があちこちで生まれています。
 たとえば、文部科学省が2002年5月29日に発表した「完全学校週5日制に対応した取組の概況−地方公共団体における取組事例−」を見てみると、つぎの自治体で行われていることが伺えます。

◆熊本市の場合
 「げきッズ」という愛称で、市立子ども文化会館を会場に毎月第2・4土曜日に活動。小学生20名は女子が多い。指導者は地元の演劇人。3月に『ゴドーを待ちながら』を上演する予定。

◆滋賀県蒲生町の場合
 「演劇クラブ」が町内の公民館(あかね文化センター)で毎月第1・3土曜日に活動。3つの小学校の子どもたちが集まっている。指導者は地元の人でボランティア、それに町職員が1人。3月に発表会を開く。

◆滋賀県新旭町の場合
 「わくわくどきどきアカデミー」の19クラブの中の一つに「劇団」がある。小・中学生だけではなく、高校生やおとなもまじっての演劇活動。毎週土曜日の午後、公民館で活動。指導者は地元の演劇愛好家。3月29日の上演をめざして『モモと時間どろぼう』を稽古中。

◆青森市の場合
 「長期子どもクラブ」の16クラブの中の一つに「人形劇団」がある。中央市民センターで毎月第2・4土曜日に活動。1月の発表会をめざして小学生13名が集まっている。

 このほか、東京都世田谷区の「狂言ワークショップ」、練馬区の「音楽劇づくり」「朗読ことばあそび倶楽部」、日野市の「ダンスミュージカル講座」が、文部科学省の調査に見られます。

 これらは行政の取り組みですが、この調査とは別に公民館や文化施設、児童館などが週5日制になる前から行っている例も多々あると思われます。
 そして、冒頭の上田市のように民間が取り組んでいる事例はどれくらいあるのか、全国では相当な数になるでしょう。主催者もおそらく多様でしょう。

 「子ども劇場おやこ劇場」のような従来からの組織が展開している例、教員が学校の外で始めたという例、アマチュアで演劇活動をしている者が始めたという例、プロの演劇人や劇団が新しく始めたという例、などです。

 思えば1992年9月、学校の土曜日が月1回休みになるという画期的な変化が起こされた時、その日の子どもたちの「受け皿」をどうするのかと、賛否の双方からいろいろな意見が飛び交いました。「受け皿」という言葉の使い方はともかく、学校のクラブや部活動に縛られないものがもっといろいろあっていいと思います。

 子どもたちの生活・文化のなかに演劇なり表現なりがもっと入ってくるようになってほしいと思います。だれもが子どもの時から親しんで、やがては社会が「文化化」されるのかなと期待したいと思います。
 そこで指導者をどうするか、指導者はどう考えて事に関わるかが問われるところです。冒頭の小川さんの言葉はひとつの参考になると思います。

(文・日本演劇教育連盟・市橋久生)

 VOL.57[2003/2/3]
〓〓ドラマのある世界へ〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
    児童・青少年演劇を見よう!  
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 「児童演劇」「児童・青少年演劇」という言葉を聞くと、一般にどんな演劇を思い浮かべられるのでしょうか?

 主に子ども(幼児〜高校生)を観客として演じられる劇、ひらたく言えば「子ども向けの劇・子ども向きの劇」「子どものための劇」と思われるでしょうか。いや、「子どもが演じる劇」と思われる人も、ひょっとしたらいるかもしれません。
 なるほど、文化、文学、詩、映画、(絵)画、ミュージカル、合唱(団)等々のそれぞれの頭に「児童」あるいは「子ども(の)」「少年少女」と付けてみると、対象が子どもであるもの、子ども自身が表現者であるもの、と意味が二通りあります。

 演劇の場合も、「児童劇」と言うと、子どもを観客とする劇の意味で言う場合と、子ども自身が演じる劇のことを言っている場合とがあります。そこで、冒頭のように「児童・青少年演劇」「子どもが演じる劇」と使い分けると、言うほうも聞くほうも誤解が生じなくていいと思います。

 さて、この連載の1回目(2002.11.4配信)に、「『子どもが演じる劇』を見てみませんか、おもしろいですよ」と述べましたが、今回は「『児童・青少年演劇』の舞台をぜひどうぞ」と言おうと思います。どちらも、演劇をもっと広く市民の日常生活の中の光景にしたい、演劇環境を文化的な社会のあたりまえの姿として整えたい、そのために必要なことと思うからです。

●どれだけの人が観てくれているの?!

 では、児童・青少年演劇を見る機会はどれだけあるのでしょうか?そうして実際にどれだけ見ているでしょう?
 大人であれば、演劇ファン、観劇が趣味という人、演劇に関心のある人、あるいは演劇教育に関係している人、こういう人たちでさえも残念ながらそれほど多くはないのではないかと思います。 

 児童・青少年演劇を一般の大人が見る機会は少ないというのは、これらの舞台の多くは、学校で「演劇(芸術)鑑賞教室」のような行事として、ほとんど子どもだけで見るか、1960年代の後半から全国に創られ広がってきた各地の「子ども劇場おやこ劇場」の組織に参加している親子が見る、というのがこれまでの実態だからです。

 つまり、だれでも見られる劇場やホールでの一般公演が極端に少なく、見ようにも見られない、見たくても機会がないのです。
 日本演劇教育連盟などは、鑑賞教室の作品を選ぶにあたっては、「自分自身の目で見てから」とか、「自分が実際に見たものの中から」とかと主張していますが、「それを条件にしたら選ぶものは何もない」といった声であふれてしまいます。東京や大阪ならまだしも、日本中の大半の地域ではほとんど絵空事になってしまいそうです。

●児童・青少年演劇界の変化の兆し

 ところが、従来の様相とはちがった光景が、最近見られるようになってきました。児童・青少年演劇とはことさら言わずに、しかし子どもといっしょに見たい、子どもに見せたらいいのに、と思われる舞台がいろいろあるのです。
 従来の児童・青少年演劇の世界には、ねらいを同一にする組織があります。例えば、日本児童・青少年演劇劇団協同組合には、現在76劇団が加盟しています。
 また、これには入っていないけれども、やはり児童・青少年演劇を主としている劇団もあります。ただ、それらの劇団の一般公演は数がとても少なく、優れたものおもしろいものもいろいろあるだけにたいへん残念です。

 それでも、たとえば東京では、近々開催される「都民芸術フェスティバル」の中に、児童・青少年演劇のプログラムが組まれています(※1)。ほかにも、近年増えてきたフェスティバル(イベント)の中など、見る機会がいくらかはあるようです。
 しかし最近目につくのは、そういう従来の劇団とはちがった劇団が公演しているものです。もともと子ども観客だけを想定していたわけではないのだけれども、子どもにも見てもらえる価値のある舞台になっている、そこで意識的に子どもを集客しようとしているように見えるというものです。そういう劇団の作品の多くはだれでも見られます。月刊誌『演劇と教育』には一般公演をはじめ、だれでも見られる公演の情報が掲載されています。
 いずれにしても、一般の演劇ファンの目にも触れることによって、舞台は劇としての批評の対象になる前提が成り立ちます。つまり、児童・青少年演劇が「子ども向けの文化財」としての視点からだけでなく、演劇として論じられることが可能になるのではないでしょうか。

 演劇批評の対象になることも、この世界を創造的にし、活性化することになると思います。大勢の大人たちに積極的に見てもらいたいと思うゆえんです。

(文・日本演劇教育連盟・市橋久生)

※1・「2003都民芸術フェスティバル」 児童・青少年演劇部門
    児演協合同公演 「ふれあいの5つの玉手箱」

 2月22日〜3月30日まで、5団体5作品が、東京都内のいろいろなホールを回ります。この機会に、是非児童・青少年演劇に触れてみてはいかがですか?