リレーエッセイ「子どもの演劇鑑賞をめぐって」                     

演教連発行のメール通信に連載中のリレーエッセイを転載しています。

★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって42」by石井幸子★★★★

7月10日は、演劇鑑賞教育研究会がありました。
今回は、この2ヶ月の間に、児童青少年演劇があまり上演されなかったということもあって、具体的な作品の話は少なかったのですが、
いくつか話題になったことをご報告します。
青年座の「評決」、青少年の子どもたちのために作られた作品ではないのですが、その世代の子どもたちに
ぜひ見せたい作品だと紹介されました。
ちょうど、某地域の児童文化に関わる官制の研究会が、関東の劇団の鑑賞教室用の作品のリストを作ったということで、
紹介がありました。それを見ながらの話になったのですが、全体に新作が少ないということが、話題になりました。
特に、東京の劇団は元気がないようです。
劇団の個性なのでしょうか、作品を作る時、俳優同士で討論されている劇団とされていない劇団では、違いがあるし、
初演でしっかりと作ってしまう劇団は、回数を重ねても、作品が変わっていかないが、劇団によっては、上演を重ねるにつれ、
良くなっていくところもあります。
その辺りの違いはなんなのだろう、ということも話されました。
ここで文学座が話題になりました。日生劇場で、高瀬久男さん演出の「若草物語」が上演されます。新作です。一方で、文学座のアトリエ公演。
二本の作品が上演されたのに、片方は、テレビによく出演している俳優が出ているため、満席、片方は、空席が目立つという状況を考えて、
日本の演劇というのがマスコミに影響されていて、これで本当にいいのだろうか、とも話されました。
★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって41」by石井幸子★★★★

もうじき夏休みですね。児童青少年演劇を観たい方には、お勧めの時期です。
今回は、少し雰囲気を変えて、この夏の児童青少年演劇のフェスティバルをご紹介します。
ずっとこの連載を読んできて、観てみたいな、と思った方、どうぞ、お出かけください。
まず南から−
7月21日から始まる沖縄のキジムナーフェスタ2007。
海外からの招聘作品、国内劇団の作品、読みかたりなどの公演の他に、子どもたちの劇の上演やシンポジウム、ワークショップなども行われます。
お得なチケットもありますので、でかけてみませんか。http://www.kijimuna.org/
長野県飯田市では、恒例のいいだ人形劇フェスタが8月2日から始まります。
人形劇をまとめて観るならここが一番です。http://www.iida-puppet.com/
東京では、恒例の3つのイベントがあります。
東京の南側、品川区では、第7回六行会チルドレンズフェスティバル。
7月14日から始まるこのフェスティバルも、ワークショップやアマチュアの公演も含めて、児童青少年演劇を中心に展開されます。
会場 六行会ホール(京浜急行線新馬場)http://www1.cts.ne.jp/~rikkokai/ricky/
そして、代々木では、子どもと舞台芸術出会いのフォーラムです。
7月21日から8日間にわたって、児童青少年演劇や人形劇、音楽などの上演、シンポジウム、ワークショップ、体験コーナーなど様々な企画の祭典です。
こちらにも、お得なフリーパスがあります。
会場 国立オリンピック記念青少年総合センター(小田急線参宮橋)http://www.kodomotobutai.net/
そして、渋谷では、夏休み児童青少年演劇フェスティバルが7月21日から始まります。
日曜日などに無料公演を続けている渋谷の東京都児童会館で、8月12日まで上演が続きます。http://www.jienkyo.or.jp/
そして、北へ−
福島県喜多方市の喜多方発21世紀シアターは8月4日から4日間。他の催しと比べて、長くはないですが、ぎゅっと凝縮した一日辺りの
上演数は一番多いようです。このフェスティバルにもお得なフリーパスがあります。
http://www.kitakataplaza.jp/k21st/pdf/2007-prog-v070614.pdf

いかがでしょう。他にも、この夏休みの初めに児童青少年演劇を観る機会がたくさんあるかもしれませんね。ぜひ、足を運んでみてください。
このコーナーに書いてくれた方たちとどこかで出会えるかもしれませんよ。
★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって40」by磯貝千恵子★★★★

私が暮らす新潟県上越市でプロが演ずるお芝居を観ようとしたら、演劇鑑賞会に入るか、おやこ劇場に入るしか選択肢はない。
公共ホールの自主事業で演劇を取り組むことは、まず無い。指定管理者制度が導入されてから、芸術の質も大幅に変わった。
まして、子ども向けの演劇ともなると、キャラクターぬいぐるみショーが幅をきかせている現実の中で、決して市民の要求が高いわけでもない。
だからこそ、私は、劇場の例会ので演劇を観ることにこそ、こだわりたいと思う。
子どもたちの心をつかんで離さない、魂をゆさぶられるような演劇との出会いを熱望している。
役者さんの力量は、この際あまり重要ではない。小手先の技術だけでひっぱっていこうとする芝居には子どもたちはついていかないから。
観終わった後、感動で立てなくなるような芝居に出会うと、人生まで変わる気がする。こんな心の感動の積み重ねこそが、
人間の深さになり、生きる勇気になると信じているから。
役者と観客が心と心で対話できるような舞台に今年も出逢いたい。

    上越おやこ劇場 運営委員長 磯貝千恵子
★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって39」by石井幸子★★★★

このメール通信を主に作っている石井です。私自身、児童青少年演劇は大好きで、ずっと観てきています。
ですから、このコーナーができた時は、すぐにも書くつもりでいたのですが、なんと、思いがけなく、様々な立場の方たちが、原稿を送って
くださって、とても、私が書く余裕も無いという嬉しい悲鳴でした。
ようやく、今回、少し途切れたので、こうして、書かせていただけることになりました。
最初は、自分の子どもたちと観るのが楽しくて、次に、子ども劇場の運営委員として、下見感覚で観てきて、そうして、今は、楽しんで観ています。
ウィンドウズ95が登場した頃、ずっと子ども劇場の会報に書いていた「児童演劇観てある記」をホームページにしないか、と
友人に勧められて作ったページが今も、観劇日記のように続いています。
おかげで、劇団の若い制作の方や、俳優の方たちから、「読んでいるよ」と声をかけていただくことも増えました。
子ども劇場の方たちから、「作品選びの参考にしている」とか、「自分の感じた問題点が整理できた」という声もかけていただけます。
観客というのは、そもそも気まぐれなものです。だから、私の感想も、とても気まぐれ。それでも、同じ作品が2回目観る頃には、
以前に書いた感想に沿うように変わっていると、本当に嬉しくなります。
一方で、苦情のメールをいただいたり、裏で、営業妨害だと言っているという声を聞くこともあります。
でも、様々な感想や批判を通して、舞台作品は育っていくのではないでしょうか?
むしろ、自分の目で検証もしないまま、他者の感想だけで、判断してしまう姿勢の方が批判されるべきものだと思うのですが、どうなのでしょう。
今一番の悩みは、自分の中のランキングと書いている感想のニュアンスが一致しないこと。
どうしても、期待している劇団の作品は厳しくなり、その劇団にしてはよくがんばったなと思うと、甘くなってしまうのです。
その結果、感想だけを読んだとき、どちらがいいか判断しにくくなっている気がするのです。
だからこそ、子どものために作品を選ぶ方には、安易に人の感想に頼らず、ぜひ、自分の目で観てほしいと思います。
そして、観る機会がたくさんあるといいと思います。観ることで、見極める力も育つのだと思います。
「児童演劇観てある記」http://members.jcom.home.ne.jp/s.ishi/

                   石井幸子

★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって36」by太田昭★★★★

芸術鑑賞教室・ある都立高校の場合

4月某日、ある都立高校の教師(A教諭)から劇団事務所に電話が入った。
「来年の5月1日に上演できる作品をさがしています。」という電話だった。5月1日と言えば、メーデーといわれ、
世界的に労働者の権利のための集会が催されている日である。
教職員も当然ながら、そのメーデーに参加している。そのため校内に残る教職員がふだんより少なくなり、この日に芸術鑑賞教室を
実施している学校は少なくない。
数年前までは、5月1日の劇場を劇団が抑えておけば、まちがいなくどこかの学校が芸術鑑賞教室の実施を希望したものだったが、
近年その傾向に変化がある。
その変化について、電話をいただいた都立高校のA教諭にお会いして、お話をうかがった。
「これまでメーデーは、全教職員の半数が参加を認められていました。それが近年では3分の1以下になってしまい、
また、メーデーそのものも5月1日ではなく、連休の初日に行う団体もあります。
その中で、連休の狭間とはいえ、年間の授業日数との兼ね合いもあり、平常授業をする学校が増えてきているのです。
私の学校は都立高校の中でいわゆる進学校と言われている学校です。
そういう中での継続した芸術鑑賞教室の5月1日開催は肩身の狭い思いをするようになってきました。

★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって37」by太田昭★★★★

それには、授業日数の確保ということ以外にも要因があります。
これまでも3年のローテーションで、映画・芸能・演劇と毎年芸術鑑賞教室を行なってきました。
しかし、近年の鑑賞教室では映画を基本にして組み立てていくということが増えている気がします。
これには選択する側の学校の優先順位のつけ方が影響しています。
日程、料金がまず優先し、そして生徒が飽きずに寝ないで観られるものか、ということになります。」
このように、短い時間で効率良く鑑賞できるものが好まれ、なおかつわかりやすく楽しいものが選択されつつあるようだ。
また映画の利点は1ステージの料金という考え方ではなく、一人あたりの単価を設定し、参加した生徒数に応じて料金を支払うと言うシステムも
好まれている要因のようだ。
それに関連して、演劇を鑑賞教室で取り上げている学校についても変化が起きている。

★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって38」by太田昭★★★★

「作品選びにおいて本格的なものや重たいテーマよりもミュージカルやエンターテインメントなものへの傾斜が影響していると思うのですが、
先ほど述べたように、生徒をいかに最後まで飽きさせないで惹きつけるか、ということに主題がおかれてしまい、
理念的な部分が崩れつつあるかもしれません。
またこうした生徒の現実を取り巻く環境として、一部の政治家や団体が作った特攻賛美映画の鑑賞が学校を通したプロパガンダとして
推進されているような現実に極めて危惧するものを感じています。
修学旅行の平和学習がタブー視され、行き先から広島・長崎が敬遠されたり、あるいは特攻賛美は推進されても
集団自決や現在の基地と環境問題をタブーにしていくような沖縄修学旅行のあり方が進めば、当然その流れは、芸術鑑賞での作品選びにも
影響を与えていていくでしょうし、そういった行政の意図と異なる内容を想起させるような演目はあえて避けていくようになる、
ということも否定できません。」
これまで、おそらく強い指導があったわけでもないだろうが、しかし、担当の教諭たちが、そのことを考えないとは思えない。
「多くの生徒が、初めて本格的な演劇に触れるのが、高校の演劇鑑賞教室です。そして、彼らのなかで、卒業して大人になり、
演劇を鑑賞に行く生徒はおそらく一握りに満たないのではないのでしょうか。だからこそ、大人が生徒たちに観せたいと思うものを
選びたいと思うのです。予算の規模や、わかりやすさなどではないところで、自由に選べる環境になってほしいと思います。」
現在、様々な形で演劇でなく芸術鑑賞教室を減らそう、無くそうという動きが出てきている。
しかし、文化庁芸術振興基本法を初めとして国の方針は拡充へと向かっている。このベクトルの矛盾を何とか共同の仕事として
一致することはできないだろうか。この歪みを生じさせているものを、学校・行政・実演家の協力によって、転換させていかなければならない。
そうでなければ、日本の演劇そのものが根底から歪んでいってしまうように思えてならない。

★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって35」by刀禰佳夫★★★★

前回報告のあった鑑賞教育研の中の青年劇場公演「修学旅行」について、私見も交えてもう少し詳しく述べてみたいと思います。

この公演を見終わった時、私が一番最初に思ったことは現役の高校生たちがこれを見てどう感じるのだろうか、ということでした。

この作品は05年の高校演劇コンクールの全国大会で最優秀賞を取った作品であり、その作品を現職の公立高校の教師でもある原作者が、
今回青年劇場のために書き直したものであるということです。

現代の高校生のある側面を切り取って、実に面白く巧みにカリカチュアライズして見せた作品ですが、
専門劇団の演ずる高校生の姿を見て実際の高校生たちが素直に楽しむことができるのだろうか、と思ったのです。

折りしも現役の高校生が自分の母親を殺すというショッキングな事件が起きたばかりです。
これは特異な例なのかもしれませんが、目先に迫ってくる受験や先の見えない人生に対する不安など多くの問題を抱えながら、
立ち止まって深く物を考えるひまもなく追い立てられるようにして生活している彼等(大人も同じですが)にとって、
この作品を見て素直に笑えない心境になるのではないか、と思ったのです。

この作品を現役の高校生が自らの姿として演ずる場合には観客ももっと素直に舞台に同化できると思うのですが、
劇を見せることを専門の職業としている劇団が演ずるとなるとまた違った意味が生じてきます。

私が今回の公演を見て救われた気持ちになったのは、幕切れのシーンです。
修学旅行の夜をドタバタの大騒ぎにしてしまった罰に正座させられた彼等が、「古今東西」というゲームをやるのですが、
次々に国の名前を言い繋いでいくうちに一人が「日本」と言います。
その時その中の一人が「ニッポンかあ」といって、目を遠くにやるところで幕が下りていきます。
この「ニッポンかあ」の一言の中に、「この国はこれからどうなっていくのだろうか?」という不安感や、
「自分たちはこのままでいいのだろうか?」という疑念が込められているように思えたからです。

今この作品は各地で演じられているようですが、ぜひ若い人たちの生の声を聞いてみたい気がします。

(’07年4月19日。紀伊国屋ホールにて観劇)鑑賞教育研究会・刀禰佳夫

★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって34」by石井幸子★★★★

鑑賞教育研究会の報告

先週、5月8日、鑑賞教育研究会の例会がありました。
春は子ども向けの舞台が多い時期なので、話題も具体的な作品を含めて、盛りだくさんでした。

最初に話題に上ったのが、東京演劇アンサンブル『明日を紡ぐ娘たち』と青年劇場の『修学旅行』でした。

共に、同じ年頃の子どもたちを描いた作品であるだけに、比較する面白さがありました。

『修学旅行』は、高校演劇の全国大会で優秀賞を取った作品で、新聞の劇評などでも好評なのだが、
どうして、青年劇場がこの作品を演じるのか?、青年劇場が演じる意味がどこにあったのか?という疑問が語られました。

しかし、一方で、高校の鑑賞教室で上演されているということもあり、経済の問題も含めて、劇団の在り方にも関わる問題のようです。

CAN青芸『君がいるから』
言葉が汚いのがとても気になったという発言から始まって、俳優が持つ「美しさ」とは何か、という話になりました。

感覚のことなので、ここで文字で書くのは難しいのですが、言葉、声、仕草、など、役の個性とは別に、人の前で演じる者が持つ「美しさ」が
あるはずだと思うのです。

そして、この作品を通じても、劇団がなぜ、この作品を選び、この作品を演じたいと思ったのか、ということに疑問が投げられました。

前進座『生くべくんば 死すべくんば』
年譜をたどるような描き方より、その作品のどこを取り上げ、何を伝えたいのかが、舞台化するということではないか、
ということが話題になりました。

そして、同じ意味から、劇団仲間『飛ぶ教室』も今のこの時期に、何故、この名作なのか、そして、何を伝えたい脚色なのか、
ということが、問われる作品でした。

デフ・パペットシアター・ひとみ『BOXES』、表現の面白さ、全体にある空気、などトータルとして、一定の評価ができる作品のようでした。

最後に、俳優の伊藤巴子さんから雑誌「演劇と教育」でも、ほめてばかりいないで、厳しい批評をしてほしい、と要望がありました。

児童演劇の批評は、あまりにも劇団や作品に格差があり、一つ一つの作品への批評とその全体の中での位置づけが
とても難しいのだと思います。

皆さんは、どうお考えでしょうか?

★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって33」byゴマモトダイ★★★★

はじめまして。人形劇団ちんどんのゴマモトダイといいます。

私たちは東海地方の幼稚園保育園、全国のおやこ子ども劇場さんでの上演を中心に活動しています。
その現場で感じたことを綴っていこうと思います。

幼稚園や保育園で毎日のように公演していると、その園ごとの雰囲気の違いを感じます。
のんびりおおらかだったり、きりりと厳しかったり。

それは都会と田舎の違いや、幼稚園と保育園の違いなのかというと、一概にそうとも言えないようで、
どちらかというと先生方の雰囲気に大きく左右されているように思われます。

そしてこの違いは上演中、特に顕著に現れます。

子どもと一緒になって、時には子どもより大きな声で笑っている方。一生懸命、食い入るように芝居に見入る方。
笑い転げる子どもたちを、ほほえましい様子で見つめる方。子どもたちが何かしやしないかと、
まるで監視しているかのように見ている方。
もちろん目の前で上演しているお芝居をどんな姿勢で観ようが(そして時には観まいが)、それは観客ひとりひとりの自由ですが…。

子どもたちはお芝居を観ていて、笑うとき、怖いとき、楽しいとき、大抵は友だちや先生、そして自分の親の顔を見ます。
その人が自分と同じ感情を共有していることを確認するかのように。

私たちおとなが大ホールで芝居を「鑑賞」したり、映画を観ているときのような【やっている側】と【自分】という関係性
(違うという方はごめんなさい)にもうひとつ【やっている側】と【自分】と【周りにいる大好きな人々】という関係の中で、
芝居を観ることを楽しんでいるのではないかなと思います。

お母さんの膝の上で観劇している赤ちゃんが、何かあるごとにその母親の顔を確認して、そしてまた安心して芝居の方に向き直る。
そこから出発して、やがて一人でも楽しめるようになるまでの、成長発達過程のまだ初期段階に、幼児たちはいるのです。

もちろん子どもに注意を払うことも重要ですが、せっかくですから、子どもたちが笑って芝居を観ているときは、
子どもと一緒になって目いっぱい楽しんでいただけたらなと思うのです。
たしかに「幼児向け」の人形劇ですが、むしろ場面やセリフによっては大人たちに向けたメッセージが(もちろんギャグも!)
込められていることも少なくないですしね。
★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって32」by坂場秀夫★★★★

最近、子供たちに音読指導・演劇指導をさせていただく機会がありました。

子供たちに指導!?本当に戸惑いましたよ・・・。だって、子供たち全員が皆、朗読が好きとは限らないじゃないですか(笑)
ボク自身が小学生の頃、音読はそんなに嫌いではなっかたですけど朗々と読むなんて恥ずかしくて出来なかったですし、
ましてや感情を込めてカギカッコを読んでみましょうなんてもってのほかでした。

大人の人たち(特に演劇や朗読を勉強したい!という思いで集まっている人)の前では、いくらでもやりようがあると思うんですけどね。
何回もチャレンジしてもらったりできるんですけど・・・。

子供たちに、それを無理やりやってしまうと、恥ずかしがり屋さんやとっても内向的で繊細な子たちにとっては、
どんどん萎縮しちゃって悪影響を与えてしまうんじゃないかと思いました。

今回、ボクは先輩方と一緒に教室をまわりました。ボクは、本題に入る前の準備運動的なことをやらせてもらって、
子供たちに対しての指導は先輩方にしてもらう形でした。

やっぱり恥ずかしさのせいかゴニョゴニョ読む子、大きな声でハッキリ読む子、小さな声だけどしっかり内容に沿って読む子、
個性的で魅力的な声質を持っている子、いまどきの子供の話し方で、台詞を話す子など本当に様々でした。

とても小さい声で聞き取りづらい読み方をする女の子がいたんです。
でも先輩が「君の声とてもかわいいねぇ」と一言言ったらその子はすごく照れちゃって、「じゃぁ、もう一回読んでみようか」と再び読んでもらうと、
あれれれれ!?不思議とすごく素敵に読んじゃった。声も大きくなったし、聞き取りやすくなったんです。

この子の場合は、かわいいと言われた事でチョット(いやいや小学生時って、女の子はカワイイ、男の子はカッコイイ・オモシロイということって
重要なんですよね。チョットどころじゃないかも!ボクも小学生の頃そうだったように)自分に自信が持てたんだと思う。

こうやって一人一人、丁寧にその子に合った教え方が出来れば、皆素敵で魅力的な読み方ができる人になるのになぁと思いました。

★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって31」by大野正雄★★★★

はじめまして、人形劇団むすび座の大野正雄と申します。

劇団うりんこの内田くんからお話をいただき、是非寄稿させてもらいたいと思いました。

初めて寄稿させていただくにあたり、自己紹介も兼ねて、私がむすび座に入団する頃の話をさせてください。
 
私は子どもの頃は泣き虫でおとなしい性格でした。小学校の卒業文集の「私の夢」という欄には、「普通に生きること」と書くような子どもでした。
 
表現するということには、もともと興味があったのかも知れませんが、私自身、大人になったらこうしようとか明確な考えもないまま、
大学生になっていました。

「人は何のために生まれてくるのだろう」「誰のために生きるのだろう」といった疑問が心の奥底にあることを感じつつ、日々を過ごしていました。

大学で人形劇部に所属していた縁で長野県の「飯田人形劇カーニバル」に参加し、そこでむすび座の「西遊記」に出会いました。
不老不死を求めて旅を続けてきた悟空にお釈迦様は言います。

「お前はこのお芝居を観た子ども達の心の中に、永遠に生き続けるのですよ。」

涙が出ました。私も人の心の中に生きたい、生まれてきたことに感謝できる毎日を過ごしたい!そう想いました。

今、私は自分の原点でもある「西遊記」の舞台に立たせていただいています。
日々の公演で子どもたちはたくさんの元気をくれます。人を元気にするんだー!と言いつつ、子どもたちからたくさんのエネルギーを
もらっているんだなぁと考えさせられる毎日です。

むすび座に入団して12年、あの頃の疑問に、はっきりとした答えはいまだに出せずにいるけれど。

生まれてきたことに感謝する毎日は過ごせている。そんな気はしています。

人形劇団むすび座 大野正雄
★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって30」byうちだしげのぶ★★★★

このあいだ、芝居がはねた後公演の主催の人と呑んだのだが、その人が面白いことを言っていた。

東京には沢山の劇団があって刻一刻と新しい劇団が誕生しているが「いっぱし」の劇団とそうでもない劇団の違いはずばり観客数だと。
2000人集められるところはやはり一目置かれるそうな。

我々のような児童劇団は手打ち公演をほとんどやらない、つまり一般の観客を集められないのではないのかという疑問がふと湧いた、
一般の観客が来ないというのはつまらないということなのではないか、と考えた。

経費的には身にならないのだが、手打ち公演をやらないとその劇団の文化としての価値を検証できないだろう。

前回、学校公演が中心となるため児童劇団はつまらなくなってしまう、と述べたが観客である小学生などの子どもたちは
最高の観客なのだ(これは私のこれまでのエッセイに書いた)、なんとしても芸術性が高く文化としても価値がある作品を創り出さなくてはならない、
もったいない!という言葉が思わず出てしまう。

ここで問題になるのはやはり劇団の姿勢、何を子どもに見せたいかというポイント、私が感じるのはこの検証が甘過ぎるというのが
最近の児童劇団の作品に多く見られる。
まずは稼がなくては劇団の存続が危ういのは判るが、ひどい劇団になると若い俳優志望の青年を格安で雇って財政的問題を解決し
(しかもたいてい二年くらいでやめてしまう)、誰もが知っている名作を用い小学生を代表で出演させたりなどなど
とにかく教育現場に悪い形で迎合しながら小学校公演をしている。何を見せたいか、このアーティストとして最も重要な視点がほとんど感じられない、
ここのところをなんとかしないと児童演劇という言葉は一般化しないばかりか見放されてしまうだろう。

         うちだしげのぶ
★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって29」by吉田菜穂子★★★★

2007年児童青少年演劇祭典の『参加・体験・感動!ふれあいこどもまつり』が2月9,10,17,18日に北沢タウンホールで、
3月17,18日に八王子のいちょうホールで、3月18,21,24,25日に東京都江戸東京博物館で行われた。
ホール公演のほかに、リハーサル室・会議室・創作室・学習室など小さな会場での公演やワークショップなど盛りだくさんの内容である。

近年、子育てならぬ孫育てのため、孫と一緒に劇を観る機会を作るようにしている。
今回は、3月18日(日)、21日(水・祝)の2日間、卒園式を終えた孫を東京都江戸東京博物館へ連れ出した。

18日午後に、地元の福岡だけでなく、韓国・中国・タイと海外でも活躍する劇団道化の人形劇『3にんのひょうげもん しょうぼうじどうしゃじぶた』を観る。
はしご車、高圧車、救急車、そして「じぶた」のちびっ子消防車の動きや表情がウレタンフォームの人形で豊かに表現され、
ちびっ子の共感を呼ぶ舞台だった。また、前半のショートの人形劇もとても楽しく、孫は笑いが止まらなくなっていた。  

21日午前中は、人形劇団プークによるワークショップ『動く人形をつくろう』に参加した。
紙皿を使っての「やぎのがらがらどん」作りは、紙皿の凹凸を上手に使って角や耳を作るため、立体感のあるヤギになる。
それに色付けをすると、これまた個性あるヤギになる。
それを、ひとつひとつ褒めてもらい、どの子も大満足。最後に足の動かし方、表現の方法を教えてもらって、操作を楽しんだ。

21日午後はCAN青芸の『君がいるから』を観る。劇団青芸の『三人であそぼ』につながる「友だち」をテーマとした三匹の動物の話である。
三人の役者がそれぞれのキャラクターをたっぷりと、熱演で見せてくれた舞台であった。

観たい、参加したいものはまだまだあったのだが、予定が組めずに終わった。
こんな子どものための文化活動を、たくさんの子どもたちにたっぷりと届けたいものだ。地域の児童館を中心に、日常的に組まれていたら
どんなにいいだろうと思った。

    吉田 菜穂子
★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって28」by坂場秀夫★★★★

その後、本当に人生で初めて小学校の体育館にて演じられる、児童演劇を目撃することになったんです。

僕らの劇団は三班構成で浜組・松組・風組とあって、いわゆる浜松の風なんです。

入団当初は、新人ということでその三班の公演に付いてまわりました。
いままで、演劇は劇場(テントという特殊空間で演じるものもありますが)で観るものだと思い込んでいたボクには
カルチャーショックに近いものがありました。

十年以上訪れることが無かった小学校に到着し、あの懐かしい匂いの体育館に足を踏み入れると、それだけでノスタルジックな気分に
浸ってしまいました。

何も無い体育館に舞台が組まれていく様子をはじめて見た時は、感動というよりしばらく唖然としてしまった。
きっと今の子供たちは、大人のボクが感じた以上の驚きと感動を感じているんだろうなぁ。だって、子供たちにとっては日常の授業や集会でしか
使わない体育館が、あんな立派な劇場に様変わりするんだから。

今でも、体育館をのぞきに来る子供たちの驚く反応を見るたびに、ボクも子どもの頃にそんな感動をしたかったと羨ましくなります
(以前も、書いたようにボクは小学校の頃演劇鑑賞というものを経験したことが無いんです・・・。)

でも、ホントにすごいですよね体育館で演劇をやるなんて。だって体育館の外では、車の走る音、飛行機のジェット音、予期せぬ豪雨が屋根を叩く音、
最悪の場合近所の工事現場の音がおかまいなしに鳴り響くこともあって(笑)役者と騒音の、声の張り上げ合いみたいになっちゃたりすることもね・・・・。
舞台上で何が行われているのかを一生懸命観ようとしてくれる子供たちに応えようと。

その日常と非日常のはざまに存在する、演じるものとそれを観る者の交じり合った空間。
ボクには、子供でも大人でもその空間を感じることがとても大切だと思うし、理由はよくわからないけどとにかく凄いことだとも思う。
大人が一般の劇場で芝居を観るのとは、まったく違った感覚、感動。それは、社会人になってしまうと、味わおうと思ってもなかなか味わえないもの。

大昔、劇場は屋外だったしストリートパフォーマンスなんてのも芝居の原点として存在してて。
だからこそ、どんな時代になってどんな環境になっても子供たちにとって身近な体育館の公演は続けていきたいと、ボクは思うのです。
★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって27」by坂場秀夫★★★★

そんなこんなで、熱っぽくなっていたボクは早速劇団探しをはじめたんです。

でも児童演劇を演る劇団って日本全国あらゆるところにあるんですね(笑)しかも数の多いこと多いこと。

そんな数ある劇団の中から何故「劇団たんぽぽ」なのかということ。これを延々書いてしまうと劇団の宣伝になってしまうかもということで割愛(笑)

唯一つ、創立者・故小百合葉子の思いに惚れて入団したとだけ書いておきますね。

今まで暮らしていた東京を離れ、静岡の浜松に移り住むことにためらいは無かったけど、周りの人たちは「は?なんでわざわざ静岡?」
「東京の劇団でもよかったんじゃないの?」など言ったりもしました。

そのころのボクは、よくわらからない使命感とよくわからない自信だけで行動していたようにも思う。
地方にいるからこそ成しえることもあるのではないかと、知人に熱く語っていた(それは今も胸の中に、静かに燃えているんですけどね)

あとね、声優の養成所時代にお世話になった音響関係の方がいたんです。
その方に、浜松の劇団たんぽぽに見学に行くんですっていう話をしたことがあって、そしたら「このパンフに書いてある演出家・熊井宏之っていう人は
ボクのお師匠さんなんだよ」って。

なにか物事を決めるときに、こういう偶然というか不思議な出来事があることってありませんか?
第三者からアドバイスもらったり、ラジオやテレビをつけるとたまたま同じ話題が特集していたり・・・。

このときもそうで、勝手に舞い上がって(笑)もうこれしかない!みたいな。

「でも、お師匠さんはもう亡くなっちゃたんけどね・・・。」「そうなんですか・・・。」

会ったことも無ければ、どんなお芝居を創ったのかも知らない熊井先生はボクの中で一瞬にして、伝説の人になってしまった(ちょとオーバーかしらん)

今も、残念に思うことそれは、小百合先生に直接お会いできなかったこと、熊井先生の演出を受けれなかったこと。

この児童演劇という世界を形にした小百合葉子さんの思いがかすかでも、この劇団に残っているのであれば、
ボクが「劇団たんぽぽ」にいる理由は十分すぎるでしょう。
★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって26」by刀禰佳夫★★★★

私の手元に2006年度の東京のある区の小学校演劇鑑賞教室の実態調査報告が送られて来ました。

73校中16校が未回答と完全なものではありませんが、演劇鑑賞を行っている学校が38校、音楽鑑賞を行っている学校が11校、
何も行っていない学校が8校でした。

数年前までは80%以上の実施率でしたから、かなり減って来ていますが、でもまだ、67%の学校が単独で演劇鑑賞教室を行っている
というのは心強いことです。

ただ以前に比べると音楽鑑賞教室が増えているのは教科の時間数確保のためもあるのでしょうか。

劇団風の子(「森の中の海賊船」「のら」「とべ!夢ひこうき」)5校、
劇団あとむ(「気のいいイワンとふしぎな仔馬」5校、
オペレッタ劇団ともしび(「金剛山のトラたいじ」「うぬぼれうさぎと3びきのこぶた」)4校、
アートインashibina青芸(「ねこはしる」)3校、
劇団め組(「青い鳥」「ヴェニスの商人」「はだかの王様」「杜子春」)3校。

こうして見ると、新しい作品が少ないように思います。

以下オペラシアターこんにゃく座2校、
かかし座2校、劇団影法師2校、
影絵劇団かしの樹2校、劇団えるむ1校、
青いとりティアティカルカンパニー1校、
わらび座1校、演劇集団未踏1校、
荒馬座1校、人形劇団ポポロ1校、
日本伝統芸能を守る会1校、
不明3校と続きます。

演目の選択には、学校行事との関連を考えて、学芸会の年には劇を、音楽会の年には音楽を、展覧会の年には影絵をという傾向があるようです。

料金は1000円から600円までさまざまですが、1番多いのは800円の学校でした。
同じ演目でも料金が違うのは児童数の関係でしょうか。PTA補助金300円を受けて実施という学校もありました。

この区は夏休み中に講師を呼んで演劇鑑賞研究会をやるなど、以前から鑑賞教育にも熱心に取り組んでいますが、
今後もねばり強くこうした活動を続けて欲しいと思います。

なお全国各地でのこのような情報がありましたら、演教連までお寄せください。

(演劇鑑賞教育研究会世話人 刀禰佳夫)
★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって25」by石井幸子★★★★

3月13日火曜日、演劇鑑賞教育研究会の例会がありました。

継続メンバーが揃って参加した今回、いつにもまして、厳しい意見も飛び交い、話題も様々に広がり、というにぎやかな会でした。

ちょうど、雑誌「演劇と教育」の5月号の3−5本の児童青少年演劇をピックアップしてコメントを付ける、というコーナーの原稿を
それぞれが頼まれた時期で、話はそこから始まりました。

2000年以後の児童青少年演劇は、小品が増え、大きめの作品は再演が中心になっていて、きちんとした芝居の新作が少なくなっている、
という傾向が語られました。

それだけ、子どもの鑑賞を巡る状況が悪くなっていると言えそうです。

さらに、2004年頃から海外の優れた作品が日本国内で招聘され上演されているが、そういう優れた演劇を観る機会がありながら、
その中から学ぼうとしない国内の多くの劇団に対しての不安も出されました。

最近の観劇した作品からは、劇団風の子「風の一座」、こんにゃく座「まっぷたつ子爵」、新国立劇場プロデュース「コペンハーゲン」、
など、児童青少年演劇の手打ち公演の少ないこの時期、どうしても、おとな向けの舞台に話題が集中します。

一方で、3月4月は、児童青少年演劇の上演が多い時期でもあり、これからの予定も、話題になりました。

東京のある区では、ホールの指定管理者が主催する子ども向けの公演が、二年続けて同じ劇団で、内容を考えた時に、なぜ、この劇団で連続なのか、
という疑問も出されました。

一方で、別の区での小学校の鑑賞教室の一覧の資料を見せてもらいました。
ここでも、なぜ、この劇団?と思える劇団がいくつか選ばれていて、鑑賞教室を終えた後の感想に、役者達がちゃんと挨拶をする、
内容が道徳的、などの評価するコメントがありました。

それらを巡って、児童青少年演劇を子ども達に観せる、選ぶ側の意識への危機感も語られました。
★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって24」by植田令★★★★

子どもと演劇、と言うと私が真っ先に思い出すのは、文化庁から請け負った「本物の舞台芸術体験事業」の事。

「子ども達にも作品に参加してもらい、演劇の楽しさを肌で体験してもらう」と言った趣旨で、私は「天満のとらやん」と言う作品で、20〜30ステージを、
子ども達と一緒に過ごした。(もしかしたら、もう少し多いかも知れない。詳細は分からないので、おおよその目安程度に思って欲しい)

地域によって、子ども達の反応は様々。

とにかく一生懸命な子。恥ずかしがって、もじもじしてしまう子。上手くやろうとする子も居れば、ひたすら元気な子も居た。

それが個人個人ではなく、学校単位でカラーがあった。地域性、と呼んでも良いかも知れない。

けれど、殆んどの子達は「笑顔と元気のお芝居。失敗したって、楽しくやれれば良いよ」と伝えると、本番は(多少の緊張もあったにせよ)
楽しんで舞台に立っていたように思う。

いつもは舞台の上から、子ども達の反応を見ているけれど、一緒に舞台に立つとまた違った楽しさがあった。
その楽しさを分かち合えていたのなら、これほど嬉しい事はない。

演劇の楽しさ以前に、「誰かと関わる楽しさ」や「楽しさを共有する楽しさ」を、少しでも感じて貰えていたらと思う。

個々の「楽しさ」(テレビやゲームなど)は、比較的手軽に楽しめるけれど、コミュニケーションを必要とする「楽しさ」は、
手間が掛るので敬遠されがち。けれど、その中でしか得られない事だって多い。

普段の舞台も「お客さんと共に楽しむ」と言う、コミュニケーションの上に成り立っていると思う。
その事を忘れず、更に「こんなオモロイ世界もあるんやでー!」と、子ども達に伝えて行きたい。

暗いニュースが多いからこそ、その事を忘れないようにしなければ、と思うのだ。

劇団コーロ・植田令(ウエダ ハル)
★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって23」by坂場秀夫★★★★

東京郊外の、とある小学校に通っていた僕は、児童演劇というものを観たこともなければ聞いたこともありませんでした。

そこの学校では実施されていなかったのでしょうね(今現在、その母校で公演をしたいという夢があるんですが・・・・・)

そんな僕でも、二十歳を過ぎた頃から演じることに興味を持ち始めました。

普段の生活の中では、人前で大きな声を出す・何かを発表するといった類のことが、大の苦手でした。

でも、目立ちたいという自分勝手な願望も持っていたんです(笑)

台詞をもって、舞台に立って役を演じきらなければならない“役者”という大義名分がそれを可能にする。
(今の子供達の中にそんな子がいたら、ぜひ機会を作ってあげてください。その子は普段おとなしいけど、きっとイキイキするはずです)

僕は当初、声優を目指していました。アニメや洋画などにアテレコする仕事ですね。養成所に入り、大手のプロダクションにも受け入れてもらいました。

しかし、生の舞台に立って全身を使って表現をしたい。そんな思いが次第に大きくなり始めました。
周りの友人、恩師に相談すると猛反対されました。今の恵まれた環境をみすみす棒に振ることはないと・・・(今思えば、ちょっともったいなかったかな〜)

本当の表現は舞台にある!!と意気込んでいた僕はプロダクションを辞め、とある劇団と事務所に所属しました。
が、そこで見たのは、自分を売り込むためには何をしてもかまわないという一面。果たして、それが本当の表現者につながる道なんだろうか?
芸能界で売れることだけが芝居の道なのかと。

そんな中、何気なくインターネットを覗いていたら「児童演劇」というものの存在を知ることになったのです。
子供のころ児童演劇を見たことのない僕にとって、それは全く新しい未知の世界。

子供たち対象に演じる、そこに教育も存在する。そして日本という国に演劇文化を根付かせる役目を担っているはずだと、希望はふくらみました。
★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって22」by伊藤正俊★★★★

愛知県の中学校で演劇部の顧問をしている伊藤正俊さんから、このコーナーで報告があった全児演の総会に参加した感想が届きました。
主催者側とはまた違った角度の様子をお読みください。

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愛知県中学校演劇部顧問の伊藤正俊です。
 
今回、東海ブロックより3人が新規に全児演の個人会員になりました。その一人が僕です。

さて、今回の全児演総会、本当に楽しかったです。

劇団うりんこの川村ミチルさんが脚本・演出した『出発』は、東海ブロックをキーステーションに九州沖縄ブロック・中国四国ブロック・
関西ブロック・東北ブロック・北海道ブロックと若手の役者が中心になりエネルギッシュな芝居でした。

芝居自体は、練習不足でと言うことを感じさせないほど、楽しく、そして時々、考えさせられ、お祭りのようなすばらしい出来映えでした。

分散会は10班に別れ、遊・感・想・知・和・輪・夢・全・児・演というキーワードについての座談会でした。

僕は7班で、『輪』について話し合いました。

最初は、芝居を観ての感想から始まったんだけど、みんな、あの芝居を観て、上手い下手は除外して、これからの若者のパワーを感じたという意見が
多かったです。

そして、「児童演劇にとっての敵とはなんですか?」と言う問いが2回も出てきたことについていったい敵とは何なんだろう?
と言う話にも盛り上がりました。

結局、己の中に誰もが敵を持っていて、それとどう乗り越えて行くかと言うところまで話し合ったんですよ!!

『輪』については、本当にいろんな意見が飛び交いました。

でこぼこの円でも、いろんな人の協力で動き続けることができ、転がることで、輪は丸くなっていく、でも、丸くなっても、はみ出しものは必ず出てくる、
そのはみ出しものの意見こそ、その輪をもっと軽やかに回す、種なんだ。回り続けることで安堵感を持ってはいけない、
その輪に安心していてはいけない、その輪をもっと成長させる種を常に植え付けなければいけない。輪は無限の広がりをいみしているなどと
結構、まじめに話し合えて凄くよかった!!
        
★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって21」by坂場秀夫★★★★

皆さんはじめまして、坂場秀夫と申します。

僕は現在、静岡県は浜松に拠点を置く「劇団たんぽぽ」で俳優をやらせていただいてます。

この児童演劇という世界に入って四年と間もないんですが、僕の見たまま感じたままのことを、これから綴っていこうと思っています。

このメールマガジンを通して、皆さんと共に現場の空気を共有できたらいいなと思います。

そして何よりも願うのは、僕たち劇団員と学校現場の方々が、しっかりと手を取り合って児童演劇・演劇教育の未来をより明るく、
より確かなものに築き上げていくことです。

なんだかカタックルシイ自己紹介になってしまいましたが…要は前向きに楽しみながら、児童演劇を盛り上げていけたらと。

さて次回からは、なぜ僕が児童演劇という舞台で芝居を続けているのかというお話からしていきましょうね。
                                                                           
                   劇団たんぽぽ〜坂場秀夫〜           
★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって20」by川原美奈子★★★★

最初の頃はお互いの事を知らず、会議には出るものの借りてきた猫のようでした。
でも、一年後に自分たちが「こうありたい」という想いは自然と私たちの心を一つに、「児童演劇の土壌を耕そう、
自分たちのココロを耕そう」と熱くなりました。

それから、スローガンとともに東海の輪はどんどん広がり毎月30名のメンバーが集まりました。

私たちの現状と未来の話を重ねる中で「なにはともあれ、全国の仲間と交流したい!」「全国の仲間と作品を創ろう!」と意見が固まり、
行動し始めました。
そして判ったことは「“集まる”ということは簡単ではない」でした。

全ての公演や予定を空け、この東海に集合するのは容易なコトではありません。交通費だけでも随分な費用がかかります。
「東海の若者は頑張っている」「今回の総会は何か違うらしい」と噂はドンドン広まっていました。
が、こちらとしては「誰が来てくれるのか?」「一緒に芝居は創れるのか?」と一抹の不安がありました。

秋は実行委員それぞれの公演活動も忙しく、疲労のためか、集まっても議題が前に進まず、ひたすら我慢の時期だった様に思います。
しかし、12月になり、蓋を開けるとなんと180名を超える参加申し込み!私は安堵と共にもの凄い嬉しさがこみ上げました。
今だから言えるのかもしれませんが、「絶対成功する」という自信と確信もやってきました。全児演総会は大成功でした。

ぎりぎりまでどうなるか判らなかったオープニング企画も当日、全国の仲間と競(?)演しながら初めてひとつのカタチになりました。
190名の大人が集まって、語り合いはしゃぎ合い、70名近くの人々が“うりんこ劇場”に宿泊しながら濃い夜を過ごしました。

何から何まで、実行委員はもちろん、うりんこの劇団員もフル活動でこの嵐のような二日間を乗り切りました。
自分の劇団なのに、そのダンドリの良さに思わず拍手しました。「うりんこ凄い!」

今後私たちが役者として切磋琢磨し、演劇人として世の中に働きかけ、今よりも良い児童演劇の土壌をつくり出す時、
今回の大成功を本当に実感できるような気がします。今回の総会でまかれた種が芽を出し一つの実を結ぶその時、今回出会った仲間達が
どんなエネルギーをもって児童演劇に関わっているのかを楽しみにしながら。

  全児演総会東海ブロック副実行委員長 川原美奈子

★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって19」by川原美奈子★★★★

去る1月13日、全国児童・青少年演劇協議会(全児演)の総会が、名古屋市のうりんこ劇場で開かれました。

今年は、東海地域の若い俳優達を中心に熱気のある会になったと聞いたので、東海ブロック副実行委員長の川原美奈子さんが
劇団うりんこの後援会ニュースに書かれた報告記事を転載させていただくことにしました。
        (石井)


「全児演総会」を終えて   

“終わったなぁ!!”という実感です。
でも、芝居を終演した時のタラリとした気持ちとは随分違って、これからのコトを考えると、どこか自分の中でソワソワしたり
緊張したりする部分があります。

今回はひとつの作品を創り上げることだけではなく、その作品をきっかけに私たちの現状と未来を話し合い、変えていきたいと思っていました。
ですから、総会が終わった今からが本当の意味でのスタートなのだと思います。

そうは言っても、ファイルやノートを整理しながら一年間を振り返ると「よくやったね」と仲間をそして自分を褒めてあげたい気持ちは沢山あります。

ちょうど1年前の2月に実行委員会準備会が立ち上がりました。

うりんこ・むすび座・冒険舎・ちんどん・たんぽぽ、集まったメンバーは本当に若く、7年前に東海であった総会を経験している人は
半数もいませんでした。

当然「全児演」なんて全く知りません。そんな私たちが掲げたスローガンが「あつまれ!そしてたがやせ!!〜全児演の花をさかそう〜」です。

★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって18」byうちだしげのぶ★★★★

「子どもという観客」

最近中沢新一の本を読んだ。

人が言葉を話す時、まるでその人自身そのものが話しているように見えるが実は違って、脳の中味を比喩しているのが言葉であるのだ、
人間は自分の脳の中味はまるで解らない、なんとか言葉という比喩を使って自分の脳の状態を他人に伝えようとしているのだ。

というようなことが書いてあったが、これは我々アーティストに朗報となる考え方だ。
とかく、学校現場での芸術鑑賞会の後などどうしても「理解」という壁が立ちはだかる、

お話しは理解できましたか、テーマはなんでしょう、など。

しかし芸術そもそもが人間の中の不確かな矛盾したあいまいなものを追求する役目をもっている、そして経験的観測で申し訳ないが
子どもは訳のわからないことに驚いたりすることに興味がある。
★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって17」by刀禰佳夫★★★★

朗読劇「ぼく、ネズミだったの!」を見る
                 
1月7日、グループD.I.Lの朗読劇の公演を見た。

グループD.I.Lとは岡田陽氏(玉川大学名誉教授)が設立し、朗読劇などを年1回公演」したり、いろいろな施設や会場で
公演活動をおこなっているグループである。

このグループは小学生からお年寄りまで数人の演劇人の他はほとんどがアマチュアで構成されているという。

さて18回目の今年の公演は初めて全30場という長編朗読劇であった。

イギリスの作家フィリップ・ブルマンの作品を岡田陽氏が朗読劇に構成したものであるが2名のナレーターが話を進行させていくほかは
ほとんど伝統演劇に近いかたちで劇は展開する。

今回もまた中高年から若者に至る出演者たちのアンサンブルが実にいい。
とても素人集団とは思えない演技の質で楽しませてくれる。30場におよぶ場面の展開もあざやかで、シンデレラの後日談ともいうべき
この小説のおもしろさをじゅうぶんに堪能させてくれた。

それぞれの俳優たちの訓練がよくされていて、身のこなしも、歌も良い。
これが何故朗読劇なのかと思わせる劇の展開であるが、朗読劇の定義の一つである原作に忠実にという作りになっているのであろう。
ナレーターの読む文章が単なる説明ではなく文学の香りがする。この小説の文体を最大限に生かした表現が朗読劇たる由縁なのであろう。

現代の日本にも通ずる様々な問題を含みながら3時間に及ぶ劇は見るものをあきさせずに展開する。
ともあれ今後もこのグループの活動から目が離せない。来年の発表が今から楽しみである。

      鑑賞教育研究会世話人・刀禰佳夫
★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって16」by石井幸子★★★★

1月9日火曜日に、鑑賞教育研究会の例会がありました。

冬休みには、子ども向けの演劇が多く上演されるので、今月も、具体的な作品を巡って、話されました。

恒例の劇団仲間「森は生きている」では、舞台装置や演出プランは大きく変わっていないのに、
全体の印象が変わっているのは、どういうことか、という話題になりました。
キャストが変わったことが大きいと思われ、俳優自身が持つ、演技力とは別の「輝き」「華やぎ」のような何かが
自ずと舞台に現れるのではないかと話されました。

演劇集団円子どもステージ「青い鳥ことりなぜなぜ青い」では、若手俳優に至るまで、その「輝き」が感じられ、
その違いについてや、そもそも児童青少年演劇の質は低いのか、ということなどが話されました。

また、「さらっていってよ ピーターパン」を東京で初めて上演した兵庫県立ピッコロシアターの、日本では珍しい県立劇団の運営形態について、
岡田陽構成・演出の朗読劇「ぼく、ネズミだったの!」前進座「出雲の阿国」、かかし座「星の王子様」、アートスフィアプロデュース「スケリグ」なども
話題になりました。

学校の現場については、劇団の関係者が学校現場に演技指導に入ることのプラスマイナスの両面が語られました。

一般社会でのマナーやモラルが低下している時代、俳優だけに品格を求めても難しいのだろうと、話題は、児童青少年演劇に限らず、
広がっていき、それがまた、演劇の場面に戻ってくる、という展開の中で、話し合いを深めていくことができたようです。
★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって15」byうちだしげのぶ★★★★

子どものための芝居をやっているのだから大人はどうでもいいという考え方もあるが、同じ劇空間(観客席)にいる大人という観客も
それなりに我々の目に入る。

そこにはおおよそ三つのパターンがある。
1「子どもと一緒に演劇を楽しもうという人」、
2「子どもに演劇をみせるのだという責務でそこにいる人」、
3「疲れて眠ってしまう人」。

まあこれは演劇だけでなくディズニーランドやジブリのアニメをみる観客にも同じ大人はいるだろうと想像できるから
これは一般論にも発展できそうだが、問題は2「子育てという責任感でそこにいる人」。

演劇空間はディズニーランドやジブリとは違い、そこに集う人が息をのんだり、笑ったり、泣いたり、わめいたりする様子に
役者が影響されながら進行していく面白さを持っているのだが、2のパターンの人は空気から全く逸脱してしまい、
またしていることに気づかない。

先生たちも演劇を楽しみにしていて、校長先生も忙しいだろうに一緒に食い入るように観ている、こんな学校では自ずと芝居の出来もいいのだ、
これも意外に知られていないが事実である。
★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって14」by刀禰佳夫★★★★

前回兵庫の福本さんから、学校公演の際、上演に先立って児童のワークショップがあり、
その発表が劇のはじめの場面であったことへの教師たちの疑問があった旨のレポートがあった。

私も似たような感想を持ったことがある。
劇団うりんこの公演が東京・葛飾の子ども劇場であった時(06年11月18日)のことである。

劇は「ゆらゆらばしのうえで」(作=木村裕一.脚本・演出=ふじたあさや)。
劇そのものは非常に緊迫感があり、子どもたちもぐいぐい劇の世界に引き込まれていった。練り上げられた役者達の演技にも感心させられた。

ところが幕がおりたその直後に、劇中に使われた珍しい楽器や音を出す道具の紹介とそれを使った子どもの体験コーナーが
行われたのである。それを見ていて私は二つの疑問を持った。

その一つはこれらの体験をすることによって、それまでの劇から受けた感動がうすれてしまうのではないかということである。
劇中では実に効果的に使われた雨うちわ、風マシーンなどの道具や楽器に子どもたちは強い関心を示し、体験することに意欲を見せた。
しかしそのことに夢中になるあまり、それまでの劇の感動がどこかに飛んでしまうように思われた。

演劇を鑑賞することの意味の一つに創造活動への意欲付けということもあると思う。
しかしまずは上質な舞台をきちんと見せて欲しいし、劇そのものから受ける感動を大切にしたい。

二つ目の疑問はこれらの体験がその場限りのものに終わってしまい、それがその後の子どもの活動に引き継がれないことである。

最近演劇の専門家による課外授業や、学校などでのワークショップがよく行われるようになったが、
そこで刺激を受けた子どもたちが継続してその活動を行うことができないうらみがある。

従ってこうしたワークショップは子どもたちに直接行うばかりでなく、鑑賞活動とは切り離して教師や子どもの指導者たちにも
受ける機会を用意するべきであろう。

演劇人による専門的な技術が今の子どもたちを育てるのに有効であると思うだけに、まだまだそうした機会が少ないのを残念に思う。

演劇鑑賞教育研究会世話人・刀禰佳夫

(次回は、劇団うりんこ・うちだしげのぶさんです)
★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって13」by福本典子★★★★

学校における舞台鑑賞が減っている傾向にある中、本校では文化庁 “本物の舞台芸術体験事業”で人形劇団むすび座
「西遊記〜悟空誕生の巻〜」(無料)が今年度あたりました。

昨年係りから提案がありましたが、ホントに当たるのかと驚いています。

県民芸術劇場(兵庫県の事業・有料)が昨年(伝統芸能)今年(ミュージカル)とあたる中、とてもラッキーな学校といえると思います。

この機会に、各学年1,2名の担任に児童の感想も含めインタビューを行いそれをまとめてみました。

さて、この事業は、児童とのワークショップや共演を行うという規定が有りました。

1.ワークショップ

6月5日(月)90分。
参加の30名は、5年生の希望者から選抜。ロープを使ったワークで、共同作業に発展。

当日は45分の発表に向けてのリハーサもありました。

この発表は高学年ほど興味深かったようで、自分たちも参加したかったという感想が聞かれたそうです。

中・低学年の子たちは、劇中でのロープが表現する物に驚きと賞賛を持ったようですが、ワーク参加者の発表は
あまり興味を持たなかったようです。
教師の中にも、何故児童の発表が始めの場面であるのかとの疑問があげられました。

2.公演

9月19日(月)午後。体育館。
参観者は3クラス×6学年+希望する保護者+教師

残暑厳しい時期でしたが、指定ということで、学校も劇団も日程の調整は出来ませんでした。

前半は、説明的な部分が多く、汗が流れる中、高学年の児童には、集中に欠けるように思えました。
(幼稚園児を連れた保護者が途中で入場したことも一因でしょうか。)

しかし、後の感想文では、どの児童も大変おもしろかったと書いてあったそうです。

低学年には内容の理解が難しい点もあったが、動物・よく知られた話・演出の巧みさという点で飽きさせることなく
劇団員の努力や質の高さを話す担任もいました。

実際、きんとん雲が体育館の後ろから見事に飛んだ後は、一段と観客の集中が高まったのを感じました。

この続きはいつあるのかと児童が尋ねるほどの高まりの中公演は終了しました。

       兵庫県・加古川市小学校教員・福本典子
★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって12」byうちだしげのぶ★★★★

「子どもという観客」

ふと振り返って印象的な子どものお客さんの話を二つ。
大野市で公演した。

最前列にいたちょっと太った子どもが初めからうはうは笑っていた。芝居の途中でその子の顔を見られるときがあった。
なんだかまわりから浮いているのだが自分の世界のなかでこちらの芝居を十二分に楽しんでいるようだった、

まわりばかり気にする僕は、そうしている彼に瞬間的に興味を覚えた。

米沢での公演。
終演後片づけをしていたら一言もしゃべらないのだが手伝いたいらしい高学年の女の子が近寄ってきた。

「じゃあこれ車までもっていって」というとすごい勢いで運んで次は次はという感じなのだ。

恥ずかしいのかこちらが話しかけても、うんと言うだけ、どんどんどんどん運ぶ。

お別れの時に記念の色紙をその子に渡したらくるくるまわって喜んでいた。

ふと見ると仲のよさそうなハンサムな男の子と話していた。幼なじみらしい。公演班の男達はちょっとくやしがった。
★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって11」by澳利子★★★★

こんにちは。
劇団コーロで制作をしております澳(おき)と申します。

劇団コーロは、大阪に本拠地をおいて関西を中心に活動している劇団です。昨年創立20周年を迎えることができ、今年は、
20周年記念と銘打って、8月下旬から9月上旬にかけて日頃学校やおやこ劇場等で公演している作品4本と、
創立第1作目作品をリニューアルしたもの1本の、計5本の連続公演をしました。

ご多分にもれず、劇団コーロもどん底を経験しており、その頃は真剣に解散を検討したことも……。
日頃お世話になっている地域の方たちに解散の相談を持ちかけた時、逆に、「今、テレビからは安っぽいお笑いが
一方的に流されているばっかり。人と人との触れ合いもなくなってきている。今こそ、じかに子どもたちが触れ合えるお芝居が必要。
いいものをつくってきているのだから、やめないでほしい」と励まされたこともあって、何とか踏ん張ってきました。

それだけに、20周年を迎えられたことは感慨深いものがあります。

ただ、私たちを取り巻く環境は年々厳しくなる一方です。学校公演は、少子化から来る上演料の減少、
授業時数の確保に伴う学校行事の精選等々の理由で、鑑賞行事の時間が減ってきていますし、
じゃあ、おやこ劇場はといえば、一年ごとに会員が雪崩的に減少してきていて、小型の作品が例会の主流になりつつあります。

さらに追い討ちをかけるかのように、公立の会館は会館で、財災難、指定管理者制度の導入に伴う事業の見直し、
合併による予算の減少等で、軒並み、自主事業の予算が大幅に削減されるか、ひどい場合はなくなってきています。

う〜ん、ほんとに、目が点になるような話ばっかり!

おそらく、他の劇団もそうでしょうが、こういった現状に対して、私たちは、これだ! といった打開策を見出すことが出来ていません。
その場しのぎで1年1年を過ごしているのが現状です。

20周年まではどうにか来られましたが、実のところ、来年のことも今のところ目処がたってないのです(とほほ)。

学校公演にかぎっていえば、鑑賞行事を否定する先生はおそらくいないと思います。
しかし、行事を選択しなければならなくなった時なんかに、是が非でも残しておかないととならないのでしょう。

こうなったらカリスマ教師みたいな人に「鑑賞行事はためになる」といってもらうか、文科省(or教育再生会議)に
「鑑賞行事は必要」といってもらうのが一番の特効薬なんではと、劇団関係者で話すことがありますが、半分冗談で半分本気です。

根性論は嫌いなのですが、今のところがんばるしかないとしかいいようがありません(これも悲しい)。

       劇団コーロ・澳利子
リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって10」by石井幸子★★★★

11月14日、演教連の鑑賞教育研究会がありました。隔月(奇数月)で行われているものですが、その2ヶ月間にメンバーが観た舞台を中心に、
その周辺の状況や一般的なことも話されます。

今回は、以下のような話題が話し合われました。

みなさまにはすでにご報告しましたが、共産党の鑑賞教室を巡るシンポジウムを巡って。

状況が厳しくなっている現状だけでなく、子どもになぜ観せるのか、などもっと深く切り込んだ話ができれば良かった。
教員と劇団が責任を押しつけ合っていても、事態は改善できないのではないか。など、実際に参加した方から意見が出されました。
できれば、これからも継続して、話を深めていける場になるといいと思いますが、一方で、今の学校教員には
とにかく余裕がないのだという意見も出されました。

俳優の伊藤巴子さんが雑誌「演劇と教育」1+2月号に書かれた東京演劇アンサンブル代表だった広渡常敏さんへの追悼文も
先に原稿を見た方から話題として出されました。
広渡さんが言われたと言う「おとなは子どもに凛としたものを見せなければならない」というのはいい言葉だと思いましたという感想に対して、
参加されていた伊藤さんから「世界でも著名な演劇人は何人も同じ事を言っていらっしゃるのです」と説明がありました。

劇中に子どもを参加させる舞台づくりの是非も話題になりました。参加する子どもにとって、鑑賞そのものの位置づけがどう変わってくるのか、
また、その部分は素人の演技を観ることになり、観客としての子どもにとってどうなのか、なども、いくつかの作品を
具体的に考えながら、話し合いました。

ほかに、劇団うりんこ「おとうさんはウルトラマン」、
新人会「紙屋悦子の青春」、東京演劇アンサンブル「海の五十二万石」
うりんこ「ゆらゆら橋」、遊玄社の「イソップランドのどうぶつたち」
青年座「評決」、青年座「ブンナよ、木からおりてこい」
ひとみ座「リア王」、ピッコロ劇団「さらっていってよ、ピーターパン」、
劇団仲間「森は生きている」、などが話題になりました。

最後に、伊藤さんから、演奏会のご紹介がありました。

合唱団じゃがいも定期演奏会  林光作品を歌う
指揮 林光  演出 加藤直
11月21日14時30分 リリオホール
★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって9」byうちだしげのぶ★★★★

「子どもという観客」3回目

人類が最も興味があるのは人類であると思うのだ、演劇はその最たる例。

人類が人類の動く様を直接見て喜ぶのだからしごくシンプルである。

私の出演している班は200人くらいまでの観客に見せる、どうせお互い興味があるのならと
客席と舞台の距離はできるかぎり近づける。

この近さで観客と目を合わせるのは意外に緊張する、子どもはこっちをジロジロ見ているのだが、こっちが見られないのだ。

これではいかん、ここは勇気をだしてこっちもジロジロ見る、疲れて寝ている先生もジロジロ見てみる、
あくびをした子も見てやる、興味津々なのだ、こっちだって。

見ているうちに子どもの中に溶け込んでいく、そして芝居にどんどん集中していくのだ、役者も観客も。

劇団うりんこ・うちだしげのぶ
★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって8」by石井幸子★★★★

シンポジウム「学校公演(鑑賞教室)の現状と今後を考える」報告

日本共産党が主催した鑑賞教室をテーマにしたシンポジウムが、去る10月20日に新宿農協会館で行われた。

パネリストは青年劇場の劇作家・演出家の瓜生正美さん、日本児童・青少年演劇劇団協同組合
(児演協)代表の大野幸則さん、元埼玉県立高校教員の真瀬信光さん、日本共産党参議院議員の
井上哲士さんの四人で話し合われた。

最初に真瀬さんから鑑賞教室が減ってきている傾向と、内容の変化、地域間格差の問題が出され、
その理由として、公費の助成が少ない、教員が多忙で関心が低いなどが上げられました。

次に瓜生さんよりかつては活動家の教員と協力していたのだがそれができなくなっていること、
観たいと思っているのではない子ども達にどう作品を届けるのかという努力などが話されました。

そして、大野さんからは、詳細なデータを元に、全国の傾向と減少している実態の話がされました。

そして、井上さんからは、すべての児童・生徒に芸術鑑賞の機会の保障をすることが
子どもの文化的権利を守ることだという理念と、各地の状況や行政・個人の財政を巡る状況が出されました。

そういう問題提起を受けて、減少の傾向を留める手がかりを出しました。

現在の国の助成のシステムの改正、学校の教師の状況を変えていくこと、組合・地域の人々との連携、
教員との協力・連携、芸術鑑賞を語る場を作る、現場から問題提起をしていくなどが出されました。

その後、参加者からも、各地からは今まで地方行政の助成が多かった地域でも減ってきたり変わってきている現状、
劇団からは学校の教員の意識や対応への疑問、制度への無知から起きる問題、出さなければいけないものを
出そうとしない行政への疑問などが出されました。

客席で聞きながら、「売って恥じない作品作りをしたい」「子ども達の危機的な状況、芸術を理解できない教師の増加、
だからこそ、文化芸術の必要性を教育の場につなげていきたい」という劇団からの声には、
制作現場の熱い思いを感じました。

さて、教育現場では、どう受けて止めていけばいいのでしょう。皆さんも一緒に考えていきませんか。
★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって7」byうちだしげのぶ★★★★

「子どもという観客」

芝居中の子どもの反応は楽しい、一二年生は特に楽しい。

もしかすると芝居の観客としては大人も含めても一二年生あたりが最高ではないか、
好奇心に対して純粋な感じがする。
三四年生は元気がいい、芝居中に意識的にヤジをいれたりして楽しむ「通」もあらわれる。
五六年生には完全なる大人扱いが大事、芝居も子ども騙しみたいな臭いがするとちょいとやばい。

まったく個人的だが五六年生の少年から芝居がよかったと言われるとうれしい。

ある日の公演、知多半島の小学校だ。
午前午後の二回公演でバラシの頃はクタクタだ、しかし帰りぎわに少年がわざわざ声をかけてくれる
「おもしろかったよ!来年もまたきっと来てね。」

僕は「先生に是非うちの劇団でと言ってね。」などとつまらないことを言う。

少年は「おれフジタ!、覚えててね!」と言っていた。今日も彼のおかげで救われる、
もっとうれしそうにすればよかったと反省する。
★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって6」by松本喜久夫★★★★

小学校のころから演劇が大好きだった私は、学芸会ではたいてい主役級の役をもらって張り切って演じていました。

中学校には演劇部がなかったのですが、高校1年生の時、先輩たちとともに、演劇部を立ち上げて、
ひたすらクラブ活動に励みました。

私たちがもっぱら取り組んだのは、創作劇です。受験体制など高校生活の悩みや、社会の矛盾を熱っぽく議論し、
脚本にぶつけ、生々しく演じたものです。

そんな私でしたが、3年生になって受験が近づいてくると、さすがに重苦しい日々が続きました。
国立で、通えるところしか進学はさせられない。浪人は認めないと言い渡されたものの、
あまり成績優秀とは言えなかった私は、追いつめられた気分になり、孤独感に襲われていました。

いよいよ受験を目前に控えた1月のある日、私は地方公演でやってきた、劇団「仲間」の「森は生きている」を
ふらりと見に行きました。よくそんな余裕があったものです。きっと、現実から逃れたかったのでしょう。

舞台は、私の心にしみこむように入ってきました。
「燃えろ、燃えろ、あざやかに」と歌われる「たき火の歌」の明るさ。そして、舞台の上で赤々と燃えるたき火の美しさ。
それは、私がまだ接したことのない世界でした。

そして、私たちが演劇部で深刻に議論し合って作ってきた舞台とも、全くちがうものでした。

こんなに明るい舞台がどうして作れるのだろうか。どうしてこんなに生き生きと楽しげなのだろうか。
不思議でなりませんでした。無性に涙が流れました。

今にして思うのですが、私たちは、いろんな悩みをかかえながら、演劇に取り組んでいましたが、
自分たちの未来への、はっきりした展望は持っておらず、混沌とした中にいました。

議論が袋小路にはいってしまうようなことも多々ありました。ある意味で、それは当然です。
高校生というのはそんな時代だと思います。せいいぱい背伸びしようとしていた、そんな私が、子どものための演劇である
「森は生きている」を見て、ふっと、肩の力が抜け、元気をもらったのでした。

それ以後、私は、労演で「イルクーツク物語」や「橋のない川」「女の一生」「野火」「泰山木の木の下で」
などの芝居を見て、精神形成をはかり、どう生きるかを学んでいきましたが、その原点は、やはり「森は生きている」の舞台で
赤々と燃えていた焚き火であったような気がします。

それは私が、教育活動などで何かにつけて使う言葉、「希望」というものの象徴だったのかも知れません。
                     
                                    演教連全国委員・松本喜久夫
★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって5」byうちだしげのぶ★★★★

「子どもという観客」

劇団うりんこに入ってはや10年余り、何故子どもの前で演劇をやることが好きなのだろうと自分に問うと、
「初々しさ」にたどり着く。

そしてその感覚は演劇をはじめたばかりの若者や小さい子どもがたくさん持っている。

僕はこういう人たちとたくさん交流して自分の好奇心を高めたいと思うのだ。

役者は自分のなかの「なにか」を消耗させて舞台に立って観客に喜んでもらうものだろう、
しかし子どもという観客は同時に「なにか」を与えてくれることがある。

一番わかりやすい例は初演があけたときだ。

児童演劇にたずさわる方なら必ず感じていると思う、初演の驚き、「えーこんなとこで反応するの!」の連続。
と思うと出来の悪さにも敏感で15分で見放されることもある。

子どもという観客はホントニ初々しくて自由で勝手気ままで面白いのです。

劇団うりんこ俳優・うちだしげのぶ
★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって4」by吉田菜穂子★★★★

8月21日に「演劇教室研究会」が行われた。
夏休み恒例となった江戸川区小学校教育研究会児童文化部の行事だ。

「今年はできるのかな。」「何をやるのかね。」
研究日は年度初めに決めるが、役員たちの不安は大きい。
前半の鑑賞作品は俳優の伊藤巴子さんが頼りだ。

夏休みの研修が自由にできなくなって、演劇教室の下見ができなくなった。 
でも、先生たちに、よい作品を観て欲しい。よい作品選びをして欲しい。
無謀にも、お金もないのに、鑑賞を組み込んだ研究会を組んでしまった。
それを聞きつけて、助人となってくださったのが伊藤さん。以来、伊藤さんを頼りに研究会を続けている。

そんないきさつもあって、OBとなって2年目の私も参加させてもらった。

今年は、グリム童話の『ブレーメンの音楽隊』をもとにした『ブライ梅の楽隊』の一場面だった。
上海国際児童演劇フェスティバルに、中国側の要請をうけて伊藤さんが「日本からの作品」として出したものだ。

出演者は、昨年、スタジオ「結」の杮落として上演された『紙屋悦子の青春』の出演者4人、
それに若手の俳優さんとギタリスト。

舞台は、歌と手遊びで展開していく。

観客はすぐに舞台に引き込まれ、音楽に合わせて手拍子を打ちながら楽しむ。
そして、手わざと呼吸のよさに驚嘆。

出演者も全員参加しての協議会は、「作品選びはどうしているか」「よかったと思った作品は」
「料金は」と進行して、「役者の生活は大変」「それでも役者を続けるのは」「教育の中に生かしたい」と発展。

最後に「江戸川が発信地になって欲しい」という熱い思いをもらって、今年もすばらしい研究会となった。

日本演劇教育連盟全国委員・吉田菜穂子

★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって3」by刀禰佳夫★★★★

くわえパペット「ともだちはブブとトト」感想

話は子ぶたのブブとちょっと気の弱い魚のトトが出会って仲良しになり冒険に出掛けるというものだが、
この舞台には人形表現のおもしろさと演者であるつげくわえさんの魅力があふれている。

「あ・そ・ぼ」の一言がいえず懸命に呼びかけるトト。そして仲良しになれたブブと宝さがしに出掛ける。
その間に用意されたさまざまな仕掛けとつげさんの表情豊かな語りに子どもたちは大笑いしながら
どんどん引きつけられていく。

透き通った水の中のトトの住まいと隣接する陸地のブブの家とを行き来したり宝さがしに出掛けたりの
出使いによる一人芝居なのだが、体全体をたくみに使っての多彩な表現に驚かされる。

人形の造形と言う点では特に目新しいものはないのだが、つげさんが息を吹き込むと人形たちが実に愛らしく、
魅力的なものになっていく。
人形と一体になった演者の表情や語りの豊かさと同時に、幼児の好む繰り返しのおもしろさと、
観客の想像を超える展開の意外性があるからだ。

子どもに決して媚びることなく、それでいて子どもの心の動きを感じながらの語りも、
絶妙な間とテンポの変化が見事といってよい。

同時に上演された 「のはらであそば」に出てくるさまざまな虫たちの表現にも同じことがいえる。

人形劇も大型化していく傾向の中で、こうした狭い空間で、子どもとの交流を大切にした人形劇の舞台が
もっともっと追求されてよい。

初めてナマの舞台に触れた三才の我が家の孫も家に帰ってからいつまでも余韻を楽しんでいた。

(7月28日 国立オリンピック記念青少年総合センターにて)

      演劇鑑賞教育研究会世話人・刀禰佳夫

★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって2」by刀禰佳夫★★★★

「私の観劇体験」 

今年も東京の夏は子どものための演劇の公演で溢れていた。

私も演劇鑑賞初体験という三才の孫を連れて見に行くなど、何本かの劇を見て歩いた。

私が初めて専門劇団の劇を見たのは小学校三年生の時の歌舞伎であった。
先々代の仁左ェ門がうつ伏せに倒れて階段を落ちていくシーンや、白井権八が裸馬に乗せられて
刑場に引かれていく場面など今も鮮明に残っている。

その後長野県に疎開した私は、粗末な学校の体育館で劇団たんぽぽの演劇教室を見ている。
久保田万太郎の「北風のくれたテーブルかけ」や山本有三の「海彦、山彦」などを見て胸を躍らせたものだ。

戦後禁止されていた仮名手本忠臣蔵が解禁となり上演されるというので、姉と二人で小一時間もかかる町まで
夜道を歩いて見に行ったのは高校生のころだったと思う。

地方の大学に通っていた私はたまに訪れる民芸や三期会の演劇しか見ることができなかったが
上京する折には極力観劇することにしていた。

新劇や歌舞伎の舞台もだが、東横ホールやサンケイホールへ子どものための演劇も見に行った。
貧乏学生がよくお金があったものだと思うが、当時は今よりも入場料が割安だったということだろうか。

やがて小学校の教員となり上京した私は、定年退職までの33年間、毎年演劇鑑賞教室を行って来た。
作品は必ず自分の目で選ぶようにした。

私は今も年間70本ほどの演劇を見るが、定年退職後の楽しみの一つになっている。
ただ昨今の入場料の高さには参っている。日本の国ももっと気軽に演劇を見られる国になって欲しいと思うと共に、
子どもたちに胸を張って薦められるような演劇がたくさん上演されるようになって欲しい。

          (演劇鑑賞教育研究会 世話人)

★★★★リレー連載「子どもの演劇鑑賞をめぐって1」by石井幸子★★★★

鑑賞と創造は、どんな芸術活動でも、とても大切な要素だと考えられると思います。

演教連でも、以前より鑑賞と創造を二本の柱と考えてきました。

でも、現実には、現場の時間数や予算の都合で、鑑賞教室が開けなかったり、
公共ホールでの児童青少年演劇の上演回数が少なかったり、子ども劇場の会員数が減少していたり、
と、子どもたちが優れた児童青少年演劇に触れる機会は、確実に減ってきています。

そこで、今週から、子どもの演劇鑑賞をめぐってのリレー連載を始めます。

学校の教員から学校現場での演劇鑑賞教室の様子や実践を。
児童青少年演劇の劇団の俳優や制作の方たちから舞台の上から見えてくる子どもたちの様子や
児童青少年演劇で何を大事に作品を創造しているかなどを。
教員や子ども劇場の方たちから、何を大事に作品を選んでいるかを。
また、観劇した方から実際に上演された作品の劇評を。
いくつもの作品を観ている方から、複数の作品を題材にしてそこから、見えてくるものを。など、
様々な角度から、みなさまにお届けしたいと思います。

リレー連載ですから、時には、前回の執筆者への反論を書かれる方もいらっしゃるかもしれませんが、
それが議論を深めるきっかけになってもいいかもしれないと思っています。

このメルマガを読んでいただいているみなさま、ぜひ、ご意見があったら、リレーのバトンを受け取って、
一緒に考えてみませんか?